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「悪から救って下さい ―わたしたちのチャンピョン―」

CBCラジオキリストへの時間
 「悪から救って下さい―わたしたちのチャンピョンー」
賛美歌 152番「みめぐみ深き主に」・380番「立てよいざ立て」
聖 書 マタイ福音書第6章8‐9節      2010年3月7日(2/16録音)
「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』
 

おはようございます。今朝も、あなた様の上に、主の平和がありますように。さて、ボクシングでタイトルをとった人、一番強い人のことをチャンピョンと言いますね。あなたは誰かと、何かと戦って、チャンピョンになったことはありますか?

今朝は、主の祈りの最後の祈り「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』を学びます。
悪い者とは、つまるところ悪魔、サタンのことです。それなら、どうして悪魔から救いだしてもらわなければならないのか。それは、私たちが弱い存在だからです。もし自分を正直に見つめれば、とっても弱い人間であると、正直に認めざるをえないのではないでしょうか。

たとえば、私たちは、たった一人で、悲しみや苦しみ、病気や試練に打ち勝てるでしょうか。何よりも、私たちは、誰も見ていないところで、悪い事を考えたり行ったりせずに、いつでも正しいこと、正義を選び取れるでしょうか。

もしも、誘惑に、一度も負けたことがない人、連戦連勝の人がいれば、その人こそ、人生のチャンピョンと言えると思います。しかし、現実の私たちはいかがでしょうか。私たちは、チャンピョンどころか、むしろ、敗北者なのではないでしょうか。確かに私たちには、善いことをしようとする意思はあります。しかし、その心の命じるままに、いつでも善いことをしているのでしょうか・・・。

その意味で、誰よりも、わたし自身、人生の敗残者であると認めざるを得ません。しかしわたしは、暗く、悲しみながら生きているだけではありません。希望をもって生きているのです。自分をごまかしているからではありません。この祈り、「わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』という、主イエスの祈りのおかげなのです。

 たといボクシングの有名なチャンピョンであっても、やがて、肉体の衰えを隠せず、ついには、ノックアウトされて、引退の時を迎えるでしょう。私たちは誰しも死にます。死において、私たちの敗北は、決定的に明らかにされてしまいます。聖書は、人間は一人の例外もなしに、悪い者の誘惑に負けてしまうその罪と行いによって、死とその恐怖の前に敗北者になっていると言っています。

ところが、たった一人例外の人がいます。そのお方こそ、主イエス・キリストです。この祈りを自ら祈られ、悪魔に一度も負けたことがない人、何よりも一度、私たちの罪を償うために死んで、しかし三日目に墓からお甦りになられた罪と死に勝利された人、この人こそ、まさに人生の圧倒的チャンピョンと呼ぶにふさわしい方です。

英語のチャンピョンには、「誰かを守るために働く人」という意味もあるそうです。主イエスがチャンピョンであるということは、まさに、私たちを敗北者として徹底的に打ち倒す相手から守って下さるからでもあります。サタンは、私たちの罪と死という現実を利用して、神さまから引き離そうと、悪の力をもって攻撃してきます。しかし、主イエスは、ご自身の命をかけて、悪い者にたちはだかって、私たちを守って下さいました。あの十字架の上で、そして今まさにこの瞬間も、です。

私たちは、「イエスさま、わたしを悪い者から救って下さい」と祈って、このチャンピョンでいらっしゃる主イエスのところに逃げ込めるのです。この祈りによって、私たちは、主イエスによって守られ、助けられるのです。確かに私たちは、人生において、しばしばノックダウンさせられることがあるでしょう。しかし、この祈りを祈る人は、決してノックアウトされることはありません。この祈りによって、主イエスからの力を受けて何度でも立ちあがれるからです。チャンピョンでいらっしゃる主イエスのおかげで、私たちもまた、小さなチャンピョンにしていただけるからです。