過去の投稿2010年10月24日

10月24日

★  長く闘病生活の中にありました、私どもの敬愛する○兄が、10月23日午前2時40分、○病院にて逝去されました。享年、76歳でした。ご遺族の皆様の上に、主の慰めが豊かにございますように、心からお祈り申し上げます。

☆  最後にお会いしたのは、18日(月)でした。基本的に毎水曜日に、お見舞いに伺っていましたが、定期大会出席のため留守をする旨をお伝えいたしました。22日(金)、意識がなくなられたとの知らせを留守中の家内が受け、すぐに、病院に伺いました。そして、わたしも、夜に伺い、祈りの時を持つことができました。それが、最後のお別れとなりました。わたしが、着くのを待っていて下さったのだと信じています。

★  逝去のご様子を、伺いました。眠るようにまさに息を引き取られたとのことです。枕辺の祈りにおいて、いつもしておりましたように、額に手を按いて、祈りをささげました。なお、ぬくもりがありました。しかし同時に、まさに、天に召され、もはや、地上にはご遺体があるだけであることを思わされました。いつもは、「また来ますね。」とご挨拶してお別れいたしますが、それができなくなりました。この日を迎えなければならないことは、覚悟しておりました。しかし、一方で、今なお、受け入れがたい思いがあります。厳しい思いと寂しさが、募るのは、これからとなると思います。しかし今、ご遺体を丁重に葬り、いのちの造り主、救い主なる主イエス・キリストの父なる神に礼拝する務めがあります。心を込めて、葬りのときを持ちたいと思います。

☆  2001年、脳梗塞を病まれ、闘病が始まりました。初めて病院にお見舞いに伺ったのは、○病院であったかと思います。病床で、聖書を読んで祈らせていただきました。やがて04年頃であったか、特別伝道集会に奥様と初めて、杖をつきながらも、この新しい礼拝堂来てくださいました。伝道集会後も、子どもの礼拝式から出席され、ご自分の座られる定位置を見出されました。06年、日進にある病院に転院なさったとき、奥様に手術の要が伴う御病気があることが判明しました。そのときから、積極的に聖書のお話しやわたしの祈りにも耳を傾けてくださいました。ついに病床で、奥様に対しての態度を悔やまれ、神の御前に、ご自分の口で、悔い改めのお祈りをなさったのです。この大きな変化を目の当たりにし、心から感謝致しました。

★  しかし06年、まったく思いがけず、再度の脳梗塞で倒れられ、緊急入院なさいました。生命が危ぶまれるほどの危機のときを過ごされました。奇跡的に一命を取り留めたものの、脳幹が侵され、手足の自由はもとより、しゃべることもできない状態になられました。かろうじて、親指を動かすことができて、それをもって、コミュニケーションがなされました。○委員は、それから、毎日、毎朝、○兄を見舞われ、病床で、聖書を読み、祈りを捧げ続けられました。それは、ただ血のつながりだけではなく、○委員が、心の底からお父さまを愛し、魂の救いのために、真剣に祈らたからであると思わずにおれません。訪問者の記帳ノートには、毎日、彼女の名が記帳されていました。どれほどの祈りが捧げられていたかと思います。また同時に、わたし自身の経験でもありますが、兄弟の信仰の戦いを間近で拝見する中で、わたし自身も生きることの尊さを教えられました。何よりも、信仰の戦いへと奮い立たされ、励ましていただいたのです。おそらく○委員にとっても、お父さまであると同時に、最も近しい信仰の友でもあったかと思います。

☆  病床洗礼をお受けになられたのは、昨年の11月8日でした。「もう、ながくはない」との判断がなされたことによって、○委員がお母さま、お兄さまに受洗に対するご理解を得るために、特別の祈りがあり、私どもも祈らされました。そして、ついに、病床にて、洗礼入会式を挙行し、日本キリスト改革派教会 名古屋岩の上伝道所の現住陪餐会員に加えられたのです。しかし、あれから、およそ1年。「長くない・・・」どころか、その顔つきの変化に驚かされて参りました。天国の希望が、兄弟を生き生きと支えたのです。聖霊の恵みによって、キリスト者、聖徒として整えられたのだと確信致します。そして今ついに、○兄弟の魂は、ご復活された主イエス・キリストに抱かれ、ただちに、栄光に満ち溢れる父なる神のいましたもう天国におります。兄弟の魂は、その聖霊によってただちに、まったく聖化され、天国にふさわしい民とされました。今や、すでに栄光に変えられた神の民に加えられ、父と子と聖霊の神、三位一体の神の御顔を仰ぎ見ていらっしゃいます。至上の幸いを享受しておられます。遺された私どもの悲しみは、日増しに深まって行くでしょう。しかし、○兄弟のように顔を挙げ、透き通った眼差しをもって、天国を仰ぎ見て、自分の十字架を担いつつ私どももまた、この幸いを求めつつ、歩んで参りたいと心の底から思います。それこそ、私どもの兄弟への最善の応答になるはずですから。