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名古屋岩の上伝道所 大震災ディアコニア報告


中部中会緊急対策局より求められて・・・。

名古屋岩の上伝道所 大震災ディアコニア報告
2011年4月24日(復活祭)
名古屋岩の上伝道所 伝道所委員会

 中会「緊急対策局」書記の二宮教師より、当伝道所の活動の証しを求められました。ここに、御報告致します。
 
 当伝道所において、震災に対する公的なお知らせは、3月13日の週報に「大会執事活動委員会よりの、東北大震災の情報をお伝えいたします。(現時点(13日16時)では、教会の被災情報はありません。おそらく後日、義援金の願いが出されるかと思います。)」とあるものが最初でした。

私たちは当初、大会主導で働きが進みゆくことを考えていました。しかし、一週間が経ち、牧師より、募金活動以外の具体的動きはなされていないことが報告されました。中会議長の職責上からも、何らかの対応をすべきと、中会の関係委員会の教師に申し入れをされましたが、21日までは、会議を持たないとの応答があったとの報告も受けました。こうして、岩の上伝道所独自のディアコニアの必要性と緊急性とが示されました。

19日(土)、臨時伝道所委員会を開催し、20日の礼拝献金の全額を被災者支援に捧げること、特別の献金を募ること、「大震災ディアコニア支援室」(伝道所委員6名の他に4名の会員を加えて組織)の立ち上げ等が決議されました。

会議において、被災していない中部にある教会であるという利点から、支援物資搬送こそ、緊急になしうる最善のディアコニアと考えました。翌日、牧師は、緊急車両許可証を警察署との交渉によって取得されました。

20日の礼拝式後、被災教会から直接集めた情報にもとづき、支援物資を購入、あるいは持ちよりました。多くの会員と共に仕分けをし、宇都宮教会に送付致しました。(この日捧げられ、また教会内団体や予備のたくわえなどもかき集めた総額は、212,220円。支援物資は、大きな段ボール箱、14箱余。)

21日は、東仙台教会から指定された物品に限り、現地に赴かれる橋谷教師、望月教師らの車に積んでいただきました。

その後、24日、27日、31日、4月3日に、支援物資を宅配便にてお届けしました。

4月18日には、中会問安使として宮城県に赴かれる車に、手づくりのケーキ、アンパンマンクッキーなどに独自につくったカードを透明ビニール袋に入れた一人分のプレゼント193名分、子ども用お絵かきセット、おせんべい、チョコレートその他の支援物資、さらに未信者からいただいたご献金でチオビタ5ケースも購入し、お届けしました。甘いもの、しかも手作りのものが、被災者を力づけることができるとのことです。これらも、主日の午後に会員たちとともに袋入れなどの奉仕を行いました。

なお、日本長老教会中部中会が、物資の搬送の働きを実にすばやく始められました。私どもも、宅配便で搬送ができなかったガスコンロとカセットボンベ2箱に限り、日進キリスト教会にお届けし、運んでいただきました。

支援物資の送付で特筆すべきは、地域の方にもご協力をお願いしたことです。それは、現地からの強い要請があったガソリン携行缶を探し出すことができなかったからでした。ついに、教会近隣にチラシを配布し、ホームページでも呼びかけました。残念ながら、携行缶は一つも送れませんでした。しかし、一週間、毎日のようにどなたかが届けてくださいました。子ども達だけで、小さな紙袋を持ってきてくれたこともありました。その他にも、会員の関係者の方々で、「被災地に行かれるのであれば物資を届けてほしい」と申し出を受け、届けてくださった方もいらっしゃいました。教会が、地域の方々の「何かできる手助けをしたい」という気持ちの受け皿になれたことは、大きな祝福でした。

また、大会の募金開始前に、教会独自の募金を集めることになりましたが、ディアコニア支援室委員からの情報に基づいて、一般の団体(食糧支援のNPO)にもわずかながら献金しました。緊急の救援は、まさに、スピードが大切ですから、このような献金の使途も意義深いと考えます。

3月27日には、「ディアコニア委員会」(現住陪餐会員が委員)を開催いたしました。そこでは、1、大会ボランティア登録をした青年女子会員について。2、教会として有志チームを組織し被災地においてディアコニア活動を行うことについて。3、教会の備蓄など(自分たちが被災していない場合は、ただちに支援物資として届けるため)について相談しました。

その日の週報の牧会通信欄に、相馬牧師がこう記しています。「ホームページ=ブログには、新しく「大震災ディアコニア支援室」のカテゴリーをつくり、アップし始めています。「あまりにも遅い対応を主に懺悔いたします。しかし、私どもは学んだはずです。ディアコニアに生きることのない教会は、教会であることをやめる・・・。」と書き込みました。祈祷会で、思わず、申しました。「もし、名古屋岩の上教会が、今この時、ディアコニアに立ち上がらなければ、牧師を辞めなければならない。教会であることができないのではないか・・・」その後、丁寧な説明を申したつもりですが、皆様には、その意とするところを汲んでいただけるものと確信致しております。」

4月3日の伝道所委員会では、支援バザーの開催を決議しました。加えて、11月に開催予定であった鈴木優人兄をお迎えしてのオルガンコンサートを、チャリティーコンサートとして7月に開催できるように調整していることが、報告されました。

終わりに、日本キリスト改革派教会は、敗戦直後、創立宣言をもって出発いたしました。「新しい日本」の建設を志しましたが、この国は、敗戦後、真実の「新しさ」、すなわち、神の国とその義から離れ続けてゆきました。しかしむしろ教会じしんこそ、真実に神の国の伝道に仕えることができたのかという根本的悔い改めをこそ、迫られているように思います。真の意味での東日本の復興、日本の再建は、教会じしんの霊的復興なしに始まらないのではないでしょうか。それは、創立者たちが、「神、家を建てたもうのでなければ、~建てる者の勤労は空しい!」(創立宣言冒頭)との御言葉によって立ち上がったようにです。今こそ、そして私どもこそ、神の前に真実に悔い改めることなしに、始まらないのではないでしょうか。今を最後のチャンスととらえ、聖霊の力あふれる教会となるべく伝道し、ディアコニアに生きる教会へと方向転換を明瞭にして再出発すべきであると信じます。
神のみがあがめられますように。