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「教会の自律(自立)について」(日本ホーリネス教団)

「教会の自律(自立)について」
-教会政治なくして真の教会なし-

「現代の宣教」(東京聖書学院・日本ホーリネス教団教育局発行)第11号発題 
               2002年8月5日・東京聖書学院

日本キリスト改革派教会 名古屋岩の上伝道所 宣教教師 相馬伸郎

自己紹介
 1980年、日本キリスト教団に属する教会で洗礼を受け、1984年、日本ホーリネス教団立の東京聖書学院入学。1988年、アナ・バプティストの流れを継ぐ、日本キリスト兄弟団(本部北米ペンシルバニア。200年余の歴史を持つ教派、アナ・バプティストの流れを汲む教会内のリバイバルによって誕生し、その100年後、ホーリネス系の教会のリバイバルによって影響を受けて形成されたグループ。よって、北米では、アナ・バプティスト色は薄く、穏健な福音派的合同教会の色彩が強い。戦後、山口県に、北米の宣教師によって開拓伝道された。当初、自教派を移植する型の教会ではなく、無教派的、コミュニティ的教会の開拓であった。後に、宣教師の繋がりが意識され、各個教会の協議会として組織されつつある。)の牧師として、6年間牧会。1994年、単立教会として開拓伝道開始。1999年、日本キリスト改革派教会に教会と共に加入、現在に至る。
 本年2月、神戸改革派神学校で講演の機会が与えられ、この度、東京聖書学院にてこの発題の機会が与えられ、来年、2月には、日本キリスト教団愛知地区役員研修会にて講演の依頼を受けている。これらは、筆者の「特異」な経歴の故であろう。いずこにおいても、改革・長老教会の神学と伝統を正しく継承、展開することこそ、日本にあって使徒的公同的な教会の形成、堅実な生き生きとしたキリストの教会の形成の為に最善の道との確信に立って、講演している。

前置き
 私は、日本キリスト改革派教会の牧師ですが、ここでの発言は、私個人のものとして申し上げるものです。また、甘えたような言い方になるかもしれませんが、親しい友人、尊敬する先輩の先生たちですから、いささか、失礼な物言いをすることがあるかもしれませんが、共に日本にキリストの教会を建てるために奮闘する同労者としてお認めくださり、お聞きくだされば幸いに存じます。主にあって、御寛恕のほどお願い申し上げます。
最近の「現代の宣教」を拝読して、大変驚かされまた心から嬉しく思っております。それは、いよいよ、日本ホーリネス教団とは何かを巡って、神学的な議論がなされ始めているからです。私は、東京聖書学院を卒えましたので、親しい友人としてホーリネスの牧師が少なくありません。これまで、その友人たちに事あるごとに、チクチク批判がましいことを申し上げて参りました。いわく、キリスト教とは何か、教会成立の要件の問題、伝統の問題、信仰告白の不可欠性の問題、教会と国家の問題など。しかし、もはや、私が外側から何か申し上げるまでもなく、論議が進められています。特に、注目したいのは、河野克也師、錦織学師の若い学徒が米国から投稿された論文です。彼らのものを拝読し、いよいよ、これまでのホーリネスの教えと歴史が聖書の釈義から、歴史研究から、いかなるものであるのか、いかがなものであるのか、客観的に徐々に明らかになって行くと考えております。
例えば、第10号で申しますと、「再臨」を特集し、岡山英雄牧師をお招きして、座談会がなされました。岡山牧師は、ヨハネの黙示録で学位を取られた方であり、福音派の専門家であられます。優れた視点でヨハネの黙示録を解いておられます。座談会も教えられる点多く、貴重なものであると思います。とくに、私は、ヨハネの黙示録を預言書の頂点として読まれるべきことを主張なさっておられたことは、私自身が考えておりましたことであり、大変、喜びました。また、何よりも、日本の福音派において、一方に根強く残っている、艱難期前再臨説と言う、ディスペンセーショナリズムの聖書解釈の教説を批判してくださる点、大変な貢献をしてくださったと感謝致しております。
しかし、その同じ10号において、河野師が、釈義の側面から「いわゆる」「艱難期」そのものへの疑問を提示しておられるのは、とても愉快でしたし、その内容は、まったく支持しうるものでした。このような論考が堂々と掲載される「現代の宣教」誌のふところの深さ、学問的な誠実さは高く評価されて良いと思います。
しかし、ついでのことですが大切であると思いますので申しますと、中田重治の中には、米国ディスペンセーショナリズムの影響が決定的にあったと思います。それはそのまま、日本ホーリネス教団の教え、その再臨観においても、そのまま継承されていると私は認識しております。対論されたお一人の小林学院長は、かつて神学概論の授業や「栄光の富Ⅳ」では、艱難期前再臨説の立場でおられたかと思います。
ついでのついでに申しますと、私どもは、特に改革派神学の視点から、岡山牧師の論説への批判があります。一言で申しますと、艱難期前再臨説者は「この世への無責任」を助長することになりますが、岡山牧師が提唱しておられる教会のこの世との戦いの神学も結局、「この世に対する消極的、否定的なかかわり」を助長するしかないのではないか、ということであります。結局、なおグノーシス主義(二元論、この世と神の国)の残滓が払拭されていないと思います。(ヨハネ文書そのものがグノーシスの影響を受けているとする学者が少なくありませんが!)つまり、我々は、神が良く創造してくださったこの世、神の良き創造と言う宇宙論的なパースペクティブ、全包括的な世界観を欠いた所で、教会と世界、国家との積極的な関わりを正しく構築する営みは成功しないと思います。労働、文化、スポーツなどの積極的な意義、キリスト教的な世界観を構築する世界観、宇宙観を確立することはできないと思います。この点を指摘した講演として、2002年5月13日に、福音主義神学会中部部会設立20周年記念公開講演における神戸改革派神学校の牧田吉和校長の講演は重要であろうと思います。
前置きが異常に長くなりました。今回の主題と何の関わりもないように思われるかもしれませんが、実は、既に今回の主題に深く関わっているのです。私は、岡山牧師のこの言葉を大変興味深く読みました。「終末的な苦難の時、第二次世界大戦中のような迫害の時代、牧師が投獄されたり、教会が閉鎖されたりするような困難な時代が、キリストの再臨の前に来ると思われます。その時に、教会が教会として立ち続けるためには、たとえ牧師がいなくなっても、信徒が御言葉を読んで互いに祈りあい、励ましあってゆくことが必要です。ですから、牧師に依存する教会ではなくて、信徒が中心となって、御言葉の学びと祈りを続けてゆく教会でありたいとねがっています。」(p36)
ここには、艱難期を予想して、実に教会の体勢、職制にまで踏み込んで、教会形成の目標を設定する先生の姿勢が現われ出ております。自ら信じる確信に則って教会形成をなさっておられることは、一方で心から尊敬を申し上げます。しかし、果たして、このような終末の教え(理解)に基づいて、教会形成、「教会の自立」を構築することがそもそも、神学方法論的にありうるのかどうか、正しいのかどうか、これは鋭く問われなければならないと思います。また、どのような再臨観を持つかによって、教会形成、教会政治、教会の自立の問題に深く影響を及ぼさざるを得ないと思います。

-キリストの主権の確立のための教会政治と教会の自律-

1, 教会(教団)形成を考える際の本質的、根本的視点とは何か
-真の礼拝式は何によって成立するのか-
 
歴史的な形態としてのキリスト教(会)とは、礼拝する共同体という形態、営みから自らを規定して形つくられたものであります。ですから、「礼拝なくしてキリスト教なし、教会なし」ということが歴史的には言い得ると思います。まさに、「祈りの法則が信仰の法則」(Lex Orandi et Lex Credendi)という古代教会より受け継がれたことばは、すべてのキリストの教会の営みを解明する上で、基本の姿勢でありましょう。つまり、礼拝共同体の営み、実践が神学を規定し、信仰告白を規定したということであります。これが、歴史的なキリスト教会の原点であります。もっとも、教会の実践は、聖書の正典化によって、決定的に規定されることになりました。しかし、それでも、今日この命題は、特に我々福音主義諸教会の神学的な実践を問う視点として、掛け替えのない視点であり、生命的に重要であると思います。
さて、教会成立の三要件とは、聖書正典の結集、信条の制定、教会職務制度の確立とであると言うことが、ホーリネス教団でもしばしば言われるようになりました。その通りであります。そして、現在の大きな改革運動として、この理解に基づいて、日本ホーリネス教団とは何か、どうあらねばならないのかについて、神学的な議論が始まっておられることは、私の大きな喜びでありますし、特に、この「現代の宣教」を媒体にしてなされていることは、重ねて申しますが、関係者の皆様のお働きに心からの敬意を表する者であります。もしかすると、日本キリスト改革派教会などより、もっとラディカルな意見が、先輩牧師、指導的な牧師にも公の場でなされるようになっていることは、本当に驚かされ、素晴らしいと思います。
さて、そこでこそさらに深めなければならないのは、この三要件は、何を目指すために整頓されたのか、整備されたのかという事であります。それは、さまざまな側面から言えるかと思いますが、しかし、その最大の事は、まことの礼拝式の確立のためであります。
「真の礼拝式とは何か」この問いこそは、「教会」を問う問いにとって本質的で最も基本的な問いであります。ニカイア信条の中に、「使徒よりの唯一の聖なる公同教会」という言葉があります。使徒信条にも、「聖なる公同の教会」とあります。公同性とは、いつでもどこででもキリストに繋がることの可能な教会を巡る地上の教会とは何かを問う教会の問いに対する答えであります。この公同の教会と繋がらない、交流を持っていない教会でなされる一切の営みは、空虚であります。救いはありません。キリストが不在であるからであります。どんなにすばらしい礼拝、集会と参加者や主宰者が確信していたとしたところでそこにキリストが不在の集会(教会)であれば、そこで受ける洗礼も聖餐も説教も無意味であります。そうであれば、キリストの臨在こそ、礼拝式の生命であることが分かると思います。それなら、キリストの臨在をどのように客観的に保障することができるのかが、歴史的に言っても、本質から言っても教会の根本的な課題になります。もちろん、キリストの臨在を地上の教会が自由に呼び下すことなどできません。そのようなことは、まったく愚かな、恐るべき発想であります。しかし、神御自身が、教会に臨在を約束し、教会にキリストをその頭として与えて下さいました。ですから、教会は、キリストの臨在の筋道を明らかにする責任を回避したところで、教会たることを告白する事はできません。目に見える教会つまり、地上の教会には、キリストの臨在、言い換えるなら、キリストの主権、支配を確立する筋道を整える責任があります。

2,赦罪の権威(救いの確かさ)の確立のための礼拝式
  -神の言葉を中心に-
まことの礼拝式成立、つまりキリストの臨在、主権確立のために、古代教会は何に集中したのでしょうか。それは、神の御言葉であります。そしてそれは、私ども福音主義教会においても、まったく同じであったと思います。
これも、余計なことかもしれませんが、今、若いホーリネスの牧師方が加藤常昭先生の説教塾に参加しておられます。これも素晴らしいことであると思います。加藤先生御自身は、紛れもない改革派伝統の日本における展開のために闘っておられる神学者と思います。しかしそこでは、いきなり改革派の教理を学ばさせられることはありません。しかし、おそらく説教作成と説教行為自体をするなかで改革派の教理と対峙しなければならなくなります。そのようにして説教を巡って神学する方法論は、ホーリネス教団の改革にとっては、もっとも建徳的なそして、最高の方法であるとつくづく思います。いきなり、組織神学的に、聖書神学的に、歴史神学的に日本ホーリネス教団とは何かを考えることは大変困難でしょう。その角度から、信仰告白の制定というような教会形成の正面突破をはかることはほとんど不可能かと思います。しかし、説教の課題を考え抜くなら、必ず、礼拝式の問題、ひいては、教会政治、教会職務制度の整頓にまで及ばざるを得ないはずであります。
さて、それなら何故、神の御言葉なのでしょうか。それは、「恵みの外的手段」の第一であるからであります。キリストとの結合が救いの事態であるとは、カルバンに連なる改革派の救済理解の特質と言われます。聖霊の神学者と呼ばれるカルバンは、キリストとの結合、交わりのリアリティーの確立のために全力を傾けた神学者であると思います。御言葉と聖霊との関係において、福音主義教会の基本を提供していると思います。神の御言葉を、恵みの手段の第一として数えたのはウエストミンスター大・小教理問答でありました。御言葉の朗読特に説教、聖礼典、祈祷として数えております。

ここでも、脱線しますが、私はかねがね日本ホーリネス教団は、改革派神学を「側面的」に取り入れるのではなく、むしろ、ウエスレーの神学と制度を徹底して学ぶことが最大かつ緊急の課題であり、教団形成の王道であると確信しております。私は、「教会形成的聖化」と言う題の卒論を認め、ウエスレーの神学で教会形成が可能であると信じて、伝道牧会を開始致しました。自分で言うのもおこがましいのですが、一人のウエスレアンとしての自覚を持って、牧師の務めに就いたのです。学院の2年生の折には、いわゆる聖潔の体験を持ったとも自認したのでしたし、「放光」誌にも、そのような文章を載せました。
しかし、ウエスレアンたる自分自身では教会形成は、不可能であると自分の厳しい実践とそれに基く学びにおいて確信致しました。もっとも、それは、私自身の牧師としての力量に原因があると言われればそれまでで、返す言葉は全くありません。(何故、ウエスレアンでは、歴史的教会の形成は不可能であるかを、丁寧に論じることは、本論の主題ではありません。大変舌足らずで、当然、皆様から鋭いお叱りを受けなければならないかと存じます。)
しかし、ただ一言だけ申しますと、今日、ウエスレーの流れを汲むメソジスト教会が、ウエスレーの目指した霊的で伝道的な教会の姿を具現しえているかどうかについては、既に歴史の評価は出てしまっているのではないでしょうか。日本ホーリネス教団が、独自のウエスレー理解のもとに、ウエスレー伝統の正しい展開を求めるのであればまた、話は別のこととなります。それは、この日本において、挑戦してみる価値が充分にある課題であるようにも思えます。
  現在、小林学院長を中心にして、中田重治をウエスレーの系譜に位置づけようとのご努力がなされておられるように拝見いたします。しかし、それは歴史的、客観的には不可能であると信じます。(資料に裏打ちされたものではなく、主観的な発言です。現段階では、その意味では、いずれの主張もなお客観性に乏しいものでしょう。教団史の編纂委員会のお働きに期待するところであります。)
確かに、摂理によって、中田重治なしに、今日の日本の「聖潔派」の多くの流れは、なかったかもしれません。しかし、日本ホーリネス教団は公同の教会に連なる教会を自認し、求めておられるのではないでしょうか。それなら、何もわざわざ、ホーリネス運動の創始者を無理にウエスレー伝統に関係づけることなどしなくても良いはずです。中田を批判的に越えて、「新しい」歴史的教会と、公同の教会に連なる福音主義教会の一枝、教団として、使徒性・公同性を志向し、そのような教派伝統を「選択」!!すれば良いのです。その意味で、ウエスレーの伝統に立つことをこの時代に改めて「選択」することには、相応の価値、意義があるはずです。何も、中田重治にこだわることはないのではないかと思います。
そして、そのところで、ウエスレー主義が今日の、21世紀の福音主義教会の形成の課題に資するか否か、これを徹底的に問うことが大切ではないかと思います。
重ねて申しますが、皆様にとっては、まったく余計なことかもしれませんが、私は、ウエスレーが(教会、教派形成を導くような)神学者として、あるいは、ウエスレー伝統が教会の形成を推進できる実力を有しているかいなかは、既に結論が出ているのではないかと考えております。私は、ウエスレーが英国(イングランド)教会の教職であったという基本的な事実を考える時に、彼が、基本的には改革派の神学を土台にしていたという素朴な事実をもっと注意を払われるべきではないかと思っております。最近、松谷好明という日本キリスト教会の牧師であられ、聖学院大学の教授をなさって、ウエストミンスター信仰基準の翻訳を出された先生から、100年前に刊行された、「ウエスレー校訂ウエストミンスター小教理問答」(WESLEY‘S REVISION of the Shorter Catechizm)を貸していただきました。詳しく申し上げる暇はありませんが、ウエスレーがウエストミンスター小教理問答をはじめ、ウエストミンスター信仰基準に親しんでいたことは明らかであります。もちろん、彼がウエストミンスター小教理問答そのものを用いたのではなく、一人のアルミニアンとして改訂して用いたわけです。
 
もとに戻って、神の言葉の説教は礼拝式の成立のために不可欠とは、すべての福音主義諸教会の基本線かと思います。説教は何を目指すのでしょうか。簡単に申しますと、キリストを紹介することでありましょう。そして、キリストを紹介することは、主イエス・キリストがなしてくださった御業の罪の赦しの福音を宣言することとなります。キリストの主権の問題は、罪人との関係の角度から申しますと、罪の赦しの問題として扱われます。その意味で、キリストの主権は、罪の赦しの権威を問うこととなります。つまり、キリストの臨在、主権、権威の確立は、罪の赦しの権威の確立の問題となります。この赦罪の権威を確立することが、教会におけるキリストの主権と根本的に結びつきます。礼拝を成立させるためには、罪の赦しを告げる生ける御言葉とはどれか、それをどのように解釈すれば良いのか、それを誰が正しく今ここで語ることができるのかが問われます。その時に、先ほどの三要件の整備、整頓が必然となるのであります。キリスト教成立の三要件とはそのまま、真の礼拝式成立のための三要件にほかなりません。
地上のいかなる教派といえども、公同の教会を地上に具現する筋道を整頓することが、不可欠なのであります。これなしに、いくら、聖霊、キリスト、新生(罪の赦し)、聖潔を主張しても主観的なことでしかなくなってしまいます。敢えて誤解のないように申しあげますなら、自分の救いを、外的な支持、教会の宣言などに基かずに確信することを「主観」と言って非難することはできません。聖霊の御業をいかなる人間も、留めることはできません。しかし、その事を心から重んじ、聖霊の御業を尊ぶ故にこそ、聖霊の働かれる筋道を整えることが要請されます。それは、決して、矛盾することであるどころか、聖霊の御業とは、そのような筋道を整える御業なのです。しかも、これなしに、教会は、歴史を形成する教会となるどころか、そもそも歴史的な教会(使徒よりの唯一の聖なる公同の教会の地上における具現化)足りえないのであります。赦罪の権威、簡単に言えば救いの確かさを確信する筋道が整わないところで、救いや聖潔の確信を議論することは、いつまでも不毛となるのではないでしょうか。信仰の制度は聖霊の産みだす霊的制度であります。もちろん、信仰の制度は、常に客体であり、主体なる聖霊に服する限りにおいてのみ、有効な働きとなります。しかし、主体たる聖霊を、人間の霊や悪霊と識別するためには、この客体が不可欠なのです。
現代の宣教第9号の座談会で、安井牧師が、「聖化を自分中心から神中心へ~しかしそこで問題になるのは、キリスト中心の信仰に立っているということを何が保障するのかということである。」また、「神の臨在に触れるのは、神の言葉が語られる時と場所においてであり~」(p33)とも仰いました。その論理を貫徹していただければ、ここで議論した公同性、礼拝式、説教の問題の受容性、根本性に賛同していただけるのではないかと思います。そして以下に述べる、教会職務制度、教会政治が公同教会の具現化のために、必要不可欠、本質的な課題であることもご理解していただけるものと信じます。
 
3,公同教会の具現化には「教会政治」が不可欠
 教会を教会たらしめるものとしての正典、信条、職務制度と共に、私ども改革教会は、説教が正しく語られ聴かれ、聖餐が正しく執行され受領され、戒規が御言葉にもとづいて正しく執行されるところに教会が存在すると考えております。いわゆる、教会の標識、目印論であります。ご存知の通り、福音主義教会の一方の源流のルーテル教会との違いは、戒規を含むか否かにあります。枝葉の問題のようでありながら、やはりその教会の実践とその姿において明白な差異が生じます。「聴かれ、受領されている」と言う点まで厳密に考えると言う、信仰者としてみれば、非常に厳しい姿勢を要求した改革教会は、そこで、必然的に戒規の執行をも教会の本質として考えました。改革教会は、教会形成の諸課題を決して楽観的に考えず、地上に神の教会が形成されるためには、厳しい戦いを予想します。ですから、順風満帆で外的にも内的にも危機が起こらない場合の教会ではなく、むしろ、危機に瀕した時のことをこそ予想した上で、教会の課題を考えております。これは悲観的ということではなく、むしろこの教会の自信の表れのように思っております。
 ここからも、改革教会がどれほど「教会政治」の問題を厳密に考えたかも理解していただけるのではないかと思います。宗教改革は、ルターの改革運動によって、開始されたことは言うまでもありません。しかし、その改革が、単にムーブメントで終わらず、教会改革を断行し、遂には、地上に新しい歴史的教会を形成したのは、カルバンのジュネーブ教会の実践が大きかった事も、常識であろうと思います。
後に触れると思いますが、ルター派の教会政治は、基本的には、監督制となって行きました。全信徒祭司性という主張は、残りましたし、その後のルーテル教会とその他の福音主義教会に良い影響であったかどうかはおいて、影響を与えました。しかし、ルーテル教会は監督政治を採っております。また、ルーテル教会の対国家との関係においては、「二つの剣」「ニ王国論」の理解によって、結局、ローマ教会との根本的な違いを示すには到らなかったと思います。改革教会とルーテル教会との対国家との差異の問題は、福音主義教会における「教会の自律」を考えるとき、最大級の主題となると思います。
ただし、今ここで、本質的な議論を飛び越えて、教会の自律、教会と社会・世との関係を一気に議論する事は危険であると思います。ですから、皆様には大変忍耐を強いることになって恐縮に存じますが、今しばらくこの議論にお付き合い願いたいと思います。ここでも、上述のように、議論の順序、筋道を間違えると、不毛となります。容易に、教会の社会的使命を見過つこととなるかと思います。私自身は、ローザンヌ宣言で、いわゆる福音派諸教会の社会的使命、責任の理解が飛躍的に進んでいることは、大変大きな意義があることを認めるのにやぶさかではありません。今日、真剣に真の教会とは何かを考える人は、必ず、「天皇制」の問題をも真剣に考えざるを得ないと、私は信じております。そのことは、むしろ今回一番語りたいし、語らなければならない緊急の主題であるとも思いますが、本質問題にこだわらねばならない、ここから議論を始めなければならないと考えて、このようなお話をさせていただいております。
 
4,誰が、説教を語り、聖礼典を執行するのか。誰が、教会の仕え人を立て
  るのか。
 ここでも、皆様と議論する上で最も有効な接点は、説教の問題ではないかと思います。(もちろん、教会政治、制度を説教の問題のみで議論する事は本来、あまりにも狭いのですが、議論を拡散しないために敢えて致します。)
そしてここでも、重要な前提は、決して教会を機能論的に考えてはならないということだと思います。私はかつて、アナ・バプティストの系譜の教会で、奉仕しました。そこでまさに命を削って戦わざるを得なかった一つの点は、牧師とは何かという問題でした。皆様にとって、何をばかばかしいとお思いになられるかもしれません。しかし、アナ・バプティスト(宗教改革者はそれこそ、命がけでこのグループを異端宣告し、戦いました。もっとも、宣告された彼らも命がけでした。)は、牧師「職」を認めません。教会の説教は、キリスト者、兄弟であれば誰でも担えるのです。それなら、何故、アナ・バプティストにも、牧師がいるのか・・・、詳しく議論する暇はありません。
確かに教会に、24時間、その働きに専念する人がいることは、機能上、大変ありがたいことでありましょう。しかし、もしも、牧師がいわゆるフルタイムワーカーとして認識されるなら、つまり牧師を職務として認識しない教会は、そこで、牧師職務を担うことは、原理上不可能であります。牧師としての自己理解を放棄して、フルタイムワーカーとして奉仕する以外にありあません。ここに、私自身の一つの戦いがありました。
ところが、この問題は、今日、福音派の問題にも一脈通じるのではないでしょうか。そこに、アナ・バプティストの思想が福音主義教会に連なる教会にも甚大な影響を及ぼしている事実があると思います。それは、福音主義教会が、かの改革者達の命がけの教会改革の戦いの遺産、神学をお手軽に、「乗り越え」てしまって、新しい神学思想にかぶれているからではないでしょうか。もっと、腰を据えて、教会とは何か、何によって真の教会が成立、形成されるのかを考えなければ、21世紀中に、福音主義教会は滅んでしまうかもしれないと、私は、自分の仕える教会のことを含めて危機意識をもっております。
1) 何故、牧師が必要なのか。
さて、このようなことは本来議論するまでもなく、歴史的に言って、教会に固有の職務者がいない、不要とする教会は、アナ・バプティストの出現によって始まりましたから、宗教改革者たちと共に、異端的、あるいは異端であると言って、簡単に斥けることも、実際は有効かもしれません。しかし、むしろ、彼らの挑戦は、私どもにとって、本質的な自覚を促してくれる貴重な問いともなります。
 キリストの権威を何によって担うのか、そこに歴史的教会の自己形成が始まります。これまで、神の言葉の説教は礼拝式に不可欠であると確認致しました。皆様も、「神の言葉の説教は即ち神の言葉である。」という第二スイス信条のテーゼを受け入れておられるかと思います。しかし、そこで具体的になされる説教が本当に神の言葉なのかどうかを、誰が、何が、客観的に保障するのかが決定的に問われるのではないでしょうか。地上の教会のさまざまな闘いの現実は、それを問わないで済ませることなどできないほど、厳しいものであったと思います。今日の日本の諸教会の現実など、史上稀なほどの厳しさかも知れないと思います。(日本ホーリネス教団のことを申しているわけではありません。)
さてそれは、その説教が、正典に則し、基本信条とその教会が告白する信仰告白に則しているか否か、ではないでしょうか。言うまでもありませんが、聖霊のお働きなしに、この信仰は成り立ちません。
ですから、厳密に申しますと、信仰告白なき教会は、説教を神の言葉として、受け入れる制度を持っていないことになります。説教に生きる教会としての福音主義教会が信仰告白の生産に新しい生命を注ぎ、宗教改革期におびただしい信仰告白を生産したことは、当然でもあったのであります。そこでも改革教会の信仰告白の生産(と学習)への熱心は、特筆すべきでしょうし、世の終りまで、この熱心が廃れる事はないと思います。もしもそうなれば、まさに、教会の死であろうかと思います。教会は、神の言葉によって立ちもし、倒れもする!のですから。
2) 説教するのは誰か
 第二に、信仰告白に則して誰が、説教するのかと言う問題があります。説教者を立てる制度の問題であります。改革教会は、(教会会議の)正しい手続きに基づいて、初めて教会の説教の務めを担わせることを重んじます。
 これも後ほど触れますが、歴史的には、ここでこそ、教会の自律の厳しい戦いが生じました。先ほど私は、ルター派教会は、教会形成を楽観的に捉えたと申しましたが、ある神学者は、領邦教会制度の確立を「一種の建前と本音の分裂」と批判しています。「ルターにはこういう制度的教会を生む可能性と共に、ほとんど無教会的とも言えるほどの共同体理解と重なる非制度的教会理解とがあった。」そして、「長老制度は、そこで生まれた」と言いました。(加藤常昭 説教論 pp67‐68)
改革教会の諸信仰告白が、教会会議による正しい手続きを異口同音に語っていることは、当時のローマ教会の現実と、勃興している世俗権力の教会政治への介入を、特に教師の選任をどんな事があっても拒絶しなければ、教会の存亡に関わると考えたのです。それが、教会の自律性獲得の闘いへと駆り立てられざるを得なかったのです。
因みに、改革教会は、いわゆる任職された教師だけしか説教ができないわけではありません。信徒であっても正規の手続きを経れば、説教を担うことが許されます。(ほとんどの場合は、神学校在学中の学生。彼らは、所属中会から試験、筆記・論文・面接試験を受け、合格して後、説教免許が授与され、説教奉仕が担えるようになります。)
ここに、福音の説教を重んじる教会としての筋道があります。「この自分が語る言葉を信じて聴けば、罪の赦し、キリストとの結合にあずかれる」この確信なくして説教は説教となりえません。説教の課題は、この赦罪の権威を担うことであります。神の言葉は、今ここで(礼拝式で)、記された聖書の言葉を説き明かす説教者の存在、語られる神の言葉の説教を通して、出来事になります。説教と説教者なしに、私どもは教会を礼拝式を礼拝式たらしめることができないと告白いたします。
そのような、罪の赦しの説教(者)の重大さ、権威を受け止める教会であれば、そこに必然的に、教会会議の手続きを整えるための「教会政治」、「教会の規則(政治規準)」の整備、整頓が必要不可欠となるはずです。その意味でも、教会規則と信仰告白をあわせて、通常、教会の憲法と呼びますが、憲法を整備しない教会は、福音の恵みの重さをどのように「リアル」に受け止めているのか、キリストの権威の確立をどれほど重大事としているのか、が明らかになると言えないでしょうか。厳しい批判に晒されざるをえないのではないでしょうか。福音の権威の言葉、神の言葉の説教について、主観的に、感情的に、「恵まれた、恵まれない」などと表現する発想の中には、福音の恵みを「リアル」に「感じて」いないからではないかという疑義さへ生じるのではないでしょうか。
しかも、大切な事は、そのような憲法そのものをどのような手続きによって整えるかということが問われてまいります。監督が決定するのか、あるいは委員会が決定するのか、教会会議によって議論を重ねて整えるのか・・・。今日、生命科学技術、医療技術の飛躍的な進歩を遂げる現代社会において、例えば、倫理問題への教会の発言が問われてまいります。その際に、一教団として、発言する際の「手続き」などにも、教会政治の実際が表れ出ることになるかもしれません。
3)そして、当然、聖礼典の問題もここでこそ、議論の場を持ちます。私ども福音主義教会は、聖礼典を教会の行為として執行いたします。ローマ教会のように、司教に与えられた権威に基く、司祭(礼拝の司式者)の権威によって、聖礼典の権威が有効になるとは致しません。教会に委ねられた、福音の権威を、教師(のみ)が執行するのであります。(勿論そこで、教派によって見解は異なります。)
ここでも大切な事は、私どもが、誰に洗礼を授け、誰を聖餐から遠ざけるのかを、誰が決定するのかという問題であります。皆様の教会は、誰が決定なさるのでしょうか。そこでこそ、明らかになるのは、福音の権威をその教会がどこに見出しているのかということに他なりません。教会的権威の所在を、教師(団)に見出すのは監督主義政治、全会衆に見出すのが会衆主義政治、宣教長老(教師)と治会長老による会議に見出すのが長老主義政治となるかと思います。繰り返しますが、その事への無感覚は、福音の恵みの客観性、リアリティーに対するいい加減さであり、結局、主イエス・キリストの人格と事業に対する服従の不徹底や、さらには福音の私物化すら現出し、教会の仕え人が結局教祖になる道を生んだり、会員の多数決が権威になってしまう道へと転落せざるを得ません。

4)まとめ
 万一もしも、自分たちには、そのような手続きがないと言うのであれば、キリストの主権をこの地上で具現化しようとしている教会を標榜することは許されないのではないかと思います。教会政治とは、必然的に教会の会議の制度(手続き)を問うことになります。繰り返しますが、それは他ならないキリストの権威を問うことであり、確立するためのものなのであります。教会の制度(目に見えるもの)の一切は、キリストの事業(受肉、十字架、復活、高挙=見えないもの)によって獲得された恵み、義認と聖化に仕える制度であります。霊的な制度であり、聖霊の器、聖霊の媒介物なのであります。キリスト教は、その歴史の最初から、グノーシス、神秘主義(熱狂主義)と戦いました。聖霊は通常、「媒介」を通して、今ここにいる私どもに届いて下さいます。もちろん、聖霊の自由がありますから、例外をまったく認めないことはできません。しかし、聖霊御自身が秩序の神でありたもうゆえに、記された言葉を用い、語られた説教を通し、主イエスが制定された聖礼典を通し、祈りを通し、今ここにいる私どもに届いてくださいます。これを否定するキリスト教会はありえないでしょう。ところが、教会政治、信条、信仰告白になると途端にこれを軽視、果ては敵視さえするというのは、どのような聖霊への信仰を持っているのか、その聖霊論自体に根本的な過ちがあるとすら言えるでしょう。仮に、どなたかが、「教会政治(目に見えるモノ、人、パン、信条・・)などは世俗的なことであり、教会が堕落する原因である」と仰るのであれば、それは、聖霊への無理解、教会の歴史への無理解から出るのでしょうし、教会を教会たらしめる道を根本から閉ざす発言、教会の自殺行為と言わざるを得ないのであります。
 これも余談でありますが、ウエスレーの洗礼理解、聖餐理解をどのように継承するのかは、大きな課題ではないでしょうか。ウエスレーが当然とした幼児洗礼の執行を何故、中田重治は受けいれなかったのか。ウエスレーが聖餐を私的行為として、自分自身の霊的養いとしても重んじ、また、未受洗者の陪餐をむしろ奨励したことなどは、いかなる意義を、今日の日本の教会の形成にもたらすのか。大切な主題ではないかと考えます。

5,日本キリスト改革派教会創立宣言
 今まで、議論した事は、結局、教会的権威の所在はどこにあるのかと言う点に帰着するはずです。ですから、およそ、使徒的で公同的なキリストの教会を標榜する教会であれば、教会政治についての明確な主張を持たねばなりません。 
日本キリスト改革派教会は、戦後(1946年4月)いち早く日本基督教団から離脱して、新教会を創立いたしました。もちろん、私共の教会のルーツは、旧日本基督教会にありますから、歴史から言えば、プロテスタント開教に遡ります。この教会は、内外に「日本キリスト改革派教会創立宣言」なるものを公にして、わずか八教会によって、大会を組織し、創立しました。その時は、日本基督教団以外に、福音主義教会はなかったわけですから、この創立者たちがどれほど勇気と確信、志を持って、出発したか。その後、なだれを打つように、教団離脱が始まります。それはさておき、この創立宣言の中には、およそ教会が教会として形成されるための筋道が明示されています。その意味で、教派を越えて、参考にすることのできる普遍的な価値があると私は考えております。その中にこうあります。「斯く、我等は一つの見えざる教会を一つ信仰告白と一つ教会政治と一つ善き生活とによりて、『一つの見ゆる教会』として具現し、之を以って唯一の聖なる公同の教会の枝たる事実を確信せしめられ、我等の救の確さを立証せんことを願う者にして、各地に散在せる個々の教会の統一はあくまでも此等三個の一致性に基く可く、又この三点は相互に深く論理的体系的に連関するが故に教理と政治と生活の三者は一元的なり。~道に従って成る教会の公同性、一致性は我等の最も重んずる所、我等の教会観の真髄なり。」
 岡田稔という神学者が起草者の一人ですが、私がこれまで長々と申したことを見事に略述されています。ここで、「一つ信仰告白・一つ教会政治・一つ善き生活」が教会形成の三本柱としています。
(ここではまったく取り上げませんでしたが、「キリスト者の生活」まで、教会形成の柱としているのは、驚くべきことではないでしょうか。教えが使徒的であっても、生活が使徒的でなければ、教会形成は実現しないと宣言しています。「聖霊なる神の我等の内に恵み給ふ聖化は信仰の必ず熱心に祈りて求む可きものなり。」聖霊の内住による聖化の恵みのうちに成長することを言い表し、祈祷生活の確立は勿論、教会とキリスト者の社会的な責任を果たすことを要請しているのです。この点など、聖霊を強調する改革派教会ならではの理解があるように思います。あるいは、ウエストミンスター信仰基準を憲法として採用するピューリタンの精神をも認めることができるかと思います。今日の日本の教会の伝道の停滞、教会の実質的な崩壊の危機状況の中で、実は、この善き生活を求める姿勢においての崩れ、言い換えますと献身の不徹底が決定的な原因となっているのではないでしょうか。)
ここで、一つ教会政治と申しましたのは、長老主義政治についてであります。ここでも、あらかじめ申しておきますと、教会政治は、歴史的には監督主義政治と会衆主義の三つの政治形態があり、それぞれの有意義性を否定しているわけではありません。日本キリスト改革派教会の中には、「長老主義」政治の「神定」を主張する方々もおられますが、そうではなく、教会の歴史の中で、獲得された制度として理解する者もおります。私は、後者の側に立っております。ですから、監督政治を反聖書的とも非聖書的とも思いません。ただし、会衆主義は、非聖書的と認識いたしております。これは、私自身、単立、独立の開拓伝道に従事した者らしからぬ発言かもしれませんが、単立教会は、異常なあり方であると絶えず意識しながら、単立、独立教会の開拓に従事致しました。

6,長老主義政治の特質
 教会政治は、キリストの主権の確立、キリスト支配の貫徹を求める教会にとって必要不可欠であることは何度も申しました。ですから、三つの政治形態いずれも人間的支配からどの程度まで自由になれるのかという側面から評価を下すことができるでしょう。
 1)地域長老会義(中会)が権威の担い手-共同監督制-
長老主義教会政治は、「プレスビテリ」(=地域長老会)に権威の所在を認める制度であります。この地域長老会は、各個教会の長老の代表者議員によって構成されます。ここでの長老とは宣教長老としての教師と治会長老を含む概念です。各個教会の長老会(session邦訳は小会)と地域長老会(presbytery邦訳は中会)そして地方大会(synod)(総会general assembly)という長老議員による段階的な教会政治によって教会的一致を具現する制度です。
 ここで、長老主義政治と他の制度を比較するのも有意義ですが、ここでは控えます。端的に申しますと、長老主義政治の特質は、「共同監督」制にあります。これが、他のあり方との決定的な違いとなるでしょう。
 2)教師間の平等性、教師と長老の平等性
この共同監督のあり方は、教師間の平等性を求めます。教師の間にヒエラルキーを認めません。年若い教師も先輩教師も同じ一票を有するのです。ローマ教会と比較して見ますと、この平等性は画期的なことでありましょう。
 次に、教師と治会長老との間にも平等性が求められます。ここに到ってはさらに画期的と言えると思います。
 3)議員による会議を重んじる
監督政治であれば、監督がその教会、教団を体現致します。彼の最終決断は教会、教団の決断となります。非常に動きやすいと思います。対国家、社会の視点から見れば、例えば、私どもであれば、何回も議論を戦わせ、時には委員会に付託して、結論を出させ、それを議案にしてそこでもさらに議論を継続し・・・。例えば、女性の長老、教師を認めるのは聖書と教会の伝統に即しているのかどうかを、実に10年以上にわたって議論を重ねてなお結論を出しておりません。皆様から申しますと、何と「遅れている」かと失笑されるかもしれませんが、現実であります。しかし、それほど大きな問題であることも歴史的に見ればまた明らかな事実であります。教会における真理の問題については、議論噴出で徹底的に議論するのが、長老主義政治であります。
 しかし、私ども自身が絶えず省みなければならないことは、長老主義教会を標榜していれば、自動的に聖書的な教会が具現されるわけではないという極めて基本的なことであります。絶えず長老主義政治に基いて教会形成がなされているのかを厳しく問い、最善の努力を注ぐことがなければ、教会政治は結局、人間の恣意的判断による教会支配を克服することはできないのであります。その意味で、監督主義の方がより良いこともありえます。会衆主義の方がより良いという事態すらありえるでしょう。
 因みに、日本キリスト教団は、教団、教区、各個教会というあり方を持っております。これは、旧日本基督教会の長老制の影響を受けてのことであると言われております。しかし、もちろん、これは、長老制と似ておりますが、上述のとおり、全く違います。しかも、驚くべき事に、日本キリスト教団の教会政治は、その憲法(教憲、教規)によれば、「会議制」をとるとのことであります。しかし、歴史的教会は、いかなる教会政治を行なうかを巡って編まれたわけですから、ただ、会議制で教会の政治を担うというのであれば、日本キリスト教団に教会論が欠落している、贔屓目に言っても未整備と言わざるを得ないでありましょう。この前代未聞の大冒険が50余年の今日、成功したのか、失敗したのか、答えを出す時期にあるかと思います。

7,教会の自律
 遂に、今回の主題そのものに関わります。教会の自律性とは、端的に申しますと、国家権力に対して、教会が国家と並ぶ固有の政体であり、教会が自らの決定する自由と権利を持っているという主張であります。これを最も真剣に考え、闘い、獲得したのは、明らかに改革教会であります。ご存知通り、中世において教会と国家は一体の関係にありました。理念上(自然と恩恵)は教会が恩恵を管理するゆえに国家(自然)の上位に位置しました。勿論、実際にそのような従属関係を保った期間は長くはありません。
 宗教改革において、ルターは教会と国家との関係を「ニ王国論」神の左手と右手、世俗的統治としての国家と霊的統治としての教会の二つに区別し、両者を従属ではなく、並列に置き換えました。しかし、理念はそうであっても、歴史的には国家教会(領邦教会)として形成されたことは周知の通りであります。
そこで、カルバンが登場します。カルバンの宗教改革はジュネーブにおける教会改革でありました。彼が直ちに着手したことは何だったのでしょうか。教会規定の制定であります。これによって、教会の自律を確立しようとしたのです。今まで繰り返した、教会政治の問題であります。教会形成が、国家(公権力、ジュネーブ市)から自由になされるのでなければキリストの主権の確立を貫徹することは原理上不可能であります。教会政治の確立は教会の自律の問題であり、教会の自律なくして自立した教会の形成など望むべくもありません。ましてや、国家形成、歴史形成に仕えることなど不可能であります。教会が歴史的に形成される道を確立できないところで、教会の対国家、社会への奉仕や歴史形成を標榜する事も自己矛盾となるでありましょう。
 ここでも特記しておきたいのは、日本キリスト改革派教会の創立への胎動となる戦いが、旧日本基督教会第54回大会において開始されたことであります。戦時、国家神道体制下、宗教団体法下の教会合同に反対する少数者がおりました。彼らは、福音主義教会のしるしは、「聖書の規範性、救いの恩恵性、教会の自律性」を挙げ、合同に最後まで反対の意志表示を行ないました。彼らこそが後に、日本キリスト改革派教会を創立する少数者でありました。宗教団体法による教会統制が教会の自律性を損なうことを意味し、それが教会の存亡に関わるというセンスを持つ事ができたのは、彼らが、改革教会の伝統を継承しようと自覚していたからだと思います。
勿論、これで彼らの戦争協力の罪をあいまいにすることはできません。日本キリスト改革派教会は、その点を「創立三十周年記念宣言」(教会と国家に関する信仰の宣言)を公にして、悔い改めの表明と致しました。因みに、教会の自律を考える際に、日本においては、この宣言を読まれることに勝って、力になる文書はないと考えております。
 
8,抵抗権の問題
教会と国家との関係について、その聖書的な区別性を保持するための教会の自律性を巡っての国家(権力)との戦いは、改革教会の伝統に固有なものでした。前述のように、ルターの場合は、教会の管轄する領域は内面的、私的、信仰の領域にとどまり、抵抗の権利を説くより、忍従が説かれました。もっとも、カルバン本人も、抵抗権を神から委託を受けた公人がそれに携わるのであって、私人としては、殉教か亡命の道を指し示しました。しかし、カルバンの後、前述の通り、歴史的には教会の自律性保持の闘いは抵抗権を承認し、やがて「自由教会」の理念へと到ります。
 これは、改革教会が神の主権とその神の御前における「良心の自由」を強調したこととも関係してまいります。良心の自由は、国家、さらには教会的権威からの自由すら保障するものです。(ウエストミンスター信仰告白第20章「キリスト者の自由と、良心の自由について」参照)私は、改革神学のこの点は、中世的人間観から近世の個人主義的人間観を育てる母胎を提供したとも言えるのではないかと考えます。
 ここで触れておくべきは、アナ・バプテストの対国家のあり方です。彼らは教会と国家を区別することから、「分離」にまで押し進め、この世との関わりを拒絶しました。有名な、宣誓の拒否は、公務員をはじめ、国家に責任を担う立場に立つキリスト者の使命を拒否するものとなりました。
 冒頭で触れた岡山牧師の再臨思想について、素人のおこがましい意見を述べましたが、しかしここでも敢えて一言させていただきたいと思います。それは、その聖書解釈からは、教会の抵抗権を説き、教会の対国家的奉仕を推進するよりは、むしろ必然的にルター派的な忍従的あり方へと向かわざるを得ないように思えます。大変極端な言い方ですが、当時のアナ・バプテストたちが熱狂的終末観のとりこと化して、国家との分離を強調したことを思うとき、ヨハネの黙示録における「艱難期」を歴史的な特定の時間として設定することは、実に教会の国家との分離、この世離れを引き起こす危険性、相関関係があるのではないかと思います。キリストの教会はその地上にあっては、「艱難の連続」なのではないでしょうか。聖書の全体的な解釈からも教理の体系的視座から言っても、艱難期の設定は、妥当であるのか否かが問われるのではないでしょうか。それは、日本ホーリネス教団の愛する皆様にとっても、かつてのホーリネス運動の歴史の中にあった真に不幸な歴史をいかに克服するのかという極めて重要な主題ではないでしょうか。中田ホーリネス運動の急所は、非聖書的再臨観にあり、この残滓を徹底的に取り除くことに成功しなければ、言い換えれば、グノーシス的な残滓を払拭する努力を怠るならば、歴史的教会の形成への道筋を整えることは不可能であろうと思います。いわんや、信仰の対世界的な「広がり」も一個のキリスト者としての対社会的な「自立」も望めないと思います。
もはや、紙数の関係で論じることは不可能であります。しかし、創造者なる神に信仰の眼を注ぐこと、神論、創造と摂理の教理、無からの創造、善き創造(文化命令・神の栄光の舞台としての世界観、再創造としての救済、人間のあらゆる営み、全領域における神の主権性を求める信仰)の 摂理を信じることは、歴史意識を明確にします。神の歴史支配を告白する信仰です。罪人のわたしはいかにして救われるのか」という、救済論を中核に置く、ルター派神学は、福音の恩恵の理解への鋭さがあります。しかし、それは、福音主義神学の根源的な支点を提供しますが、それを中心点においたときには、歴史形成を担う支点を失わせてしまう危険性をはらみます。
うろ覚えのようで申し訳ありませんが、「贖いの完成」という文言が日本ホーリネス教団の信仰告白にあったかと覚えております。この文言が起草者の誰の意見が反映されたのか、何よりもどのような神学からの影響を受けて採用されたかは、非常に興味深いことです。そして、私はこれをもし自覚的に理解して告白されるなら、ここで、私が申し上げたことをそのまま受け入れていただくことができるのではないかと思います。つまり、改革神学の創造と摂理の教理をコンパクトに纏めた用語として理解し得るからです。再創造としての救いという改革神学の響きを聴き取ることができます。そうであれば、この一言は、この告白で謳われた教え、これまでの再臨思想を克服する有効な拠点を獲得したとも考えられます。
 大変横道にそれましたが、最後に、このような教会の自律性(自由なる教会)が、健全に機能するためには、どうしても、「政教分離」に基く、「自由なる国家」という環境の整備が不可欠となることを申し添えなければなりません。つまり、教会の国家への責任と奉仕が含まれるわけです。「自由なる国家における自由なる教会」の理念を掲げる改革教会ですが、この理念が地上において完全に実現したことはほとんどありません。なお途上のものと言わなければなりませんが、この日本においては、特別に困難な課題に直面しておりますが、不断に祈り求めて行くべき課題であると確信いたしております。

終りに
 「現代の宣教」誌を拝読し、社交辞令ではなく正直に思いますのは、日本ホーリネス教団の改革のご努力は、並々ならぬものがあるかと思います。大変励まされ、勇気が湧いてまいります。日本キリスト改革派教会と比較して、大変な熱心であり、そして、それを担って力あるものの一つがこの機関誌であると思っております。
教団改革の鍵の言葉は、「包括的福音理解」であるかと思います。恩師松木祐三先生から、教団改革の道として発せられ、それが結実して来たと言えると思います。そして、実にその「包括性」こそ、改革教会の信仰理解の特質そのものであることに皆様に注意していただければこれほど嬉しい事はありません。
改革派神学は、福音の全体性、包括性を重んじます。そこで言われる教えの徹底性への集中力が改革派神学の特質でも在ります。当然、教理の全体系の構築を求めるのが、改革神学であります。歴史的に見れば、組織神学的な営み、信仰告白(聖書の体系的な理解)、カテキズム(その教育実践)の生産へ意欲が、改革教会の特質であります。
皆様におかれましては、中田重治の教え、
(蛇足の蛇足でありますが、加藤常昭師が説教塾紀要第4号で、「中田重治の説教」を記しておられます。「ホーリネス運動の再生は、説教運動として展開されなければならないと私は確信する。」p155と仰っておられます。その確信に基いて、中田の説教についての講演をなさったのであろうと思います。そこで、大変興味深い告白もあります。「私が属してきた日本基督教団、そして特に改革長老教会の伝統を自覚的に生きようとしてきた諸教会においては、ホーリネス運動、更には中田重治に対する関心は全くなかった。それどころか、これらに関心を注ぐことは間違っているとさえ考えられてきたし、今もそうである。~わたしが中田重治の説教を論じることもまた批判の対象にされるであろう。」私自身、この点におきましては、ある意味で「間違っている」と考え、「批判」があります。それは、既に述べましたように、説教を巡って、神学することは、神学の方法論として王道であります。ですから、私は説教塾運動そのものは素晴らしいと思っておりますが、中田を高く評価してみせた(「ドイツのブルームハルト父子に似た位置を占めていると思う。」!!p165)や、教会組織とは別の「伝道会社」(p153)を主張なさった点などは、大変危険に受容されることになりはしないかと危ぶみます。中田重治の紹介における功罪の罪の方は、今後、重大な影響をホーリネス系諸教会に与える危険性があるのではないかと危ぶみます。
確かに、改革・長老教会の伝統に立つ者も、きちんと中田に向き合う事が、加藤師が指摘しておられる通り、自己批判の視点を養う点では、大切となると思います。しかし、ホーリネス系諸教会の皆様にとっては、説教運動を教会形成の視点で捉え、制度的な教会の確立と共に、伝道へのしゃにむな情熱、「救霊」の熱情!!を生かして、教団形成、教会形成に進まれることが大切かと思っております。「中田重治が指摘するような意味で<教会化>」しない道は、むしろ加藤常昭師御自身の神学と実践の道を、直に学ばれる事が大切であろうかと思います。ただし、功罪の罪の方は、前述の紀要に掲載されている郷家一二三師の「中田重治の説教分析Ⅰ」を読んで、少なくとも、日本ホーリネス教団では、少ないのではないかと考えられる内容のものであると思います。)
何よりも、ジョン・ウエスレーの教えを歴史的に、聖書神学的に徹底的に検証することがどれほど大切かと思います。そして、やがて、改革神学の全包括的な信仰の教え、組織神学的に、徹底的な検証をなさることかと思います。(本当は、それを同時に進行することが最も願わしいのですが。)その時には、日本ホーリネス教団が、「使徒よりの唯一の聖なる公同の教会」につらなって歩む教会たることを内外にこれまで以上にはっきりと「宣証」できるようになるかと思います。
今回の私の発題も、依頼された「教会政治」一つの問題を取り上げても、実に終末論とのかかわり、キリスト論、聖霊論、三一神論とのかかわりから考察され、立て上げられるべき問題であることを申し上げたかったわけであります。つまり、教理の「全体」(教理の体系=包括的な福音理解)の整頓がなければ、説き進める事はできないことを共に確認しあいたかったわけであります。四重の福音の一つ一つの主題を神学的に吟味し、りばいばる誌の標語を検討する皆様の業がますます祝福されますように、お祈り申しあげます。

 「もはや我生くるに非ず、キリスト我が内にありて生くるなり。」
私自身、この一方的な恵みの「現実」を心から「信じる」者として、敬愛する皆様と共に、この日本に真の教会を形成する奉仕に微力ながら全力を注ぎ、伝道に生きる者となりたいと思っております。

Soli Deo Groria!