過去の投稿2007年10月8日

10月7日

★  10月を迎えました。日中はなお、暑い日々が続きます。日中、外に出れば、なお汗ばむほどです。本来であれば、涼しくすごしやすい秋の真っ只中のはずです。夏の疲れも、今頃になって出てくることもあるかもしれません。どうぞご自愛下さいませ。しかし、先週は、朝、夕の祈祷会に久しぶりにそれぞれ○○兄、○○兄が出席されました。受洗後になお継続して「子どもカテキズム」を学んでいます。

☆  祈祷会は、私どもの教会の形成と奉仕・伝道、何よりも主日礼拝式の充実のためにかけがえのない集会です。この数週間、朝夕の祈祷会では、特別の祈祷課題として中部中会伝道委員会の問安のために、祈りを重ねてまいりました。また、私どもの来年度の特に経済の面でのことごとについて、具体的には、10月2日に開催された、中部中会伝道委員会の結果を、祈りのうちに待ち望んでまいりました。委員長からは、電話で、このことについてなお、「継続審議」となり、30日(火)に再度、委員会が開催される運びとなるとの連絡を受けました。ある種の緊張感をもって、この数週間、祈祷会における祈祷課題としてまいりました。現時点で申し上げることができることは、なお、祈ることが必要であるとの御旨です。今こそ、いよいよ祈りを一つにすることが求められます。そのようにして、地上を歩む教会は、祈りなしには立ち行くことはありません。一人ひとりの生活(人生)にも、祈りの課題があります。そして、そのキリスト者個人の人生にとって、この名古屋岩の上伝道所なしには、意味と使命を見失うはずです。この神の民の祈りの家が、この地でいよいよ力強く旅を続け、救いと福音の拠点となるために、なおいっそうの教会形成と伝道への献身が求められることだけは、間違いがありません。教会は、さまざまな状況を通って進み行きます。順風のときもあれば、まさかというような逆風のときもあります。このようなときこそ、いよいよ祈祷会が盛んになり、執り成しの祈りを心を一つにし、祈りを束にして、神に心を注ぎだす祈りが求められます。神は、しばしば私どもの信仰の歩みが怠惰になり、不熱心になることのないように、試練を与えられます。どうぞ、祈りの奉仕に励んでまいりましょう。奉仕の要、力の源泉は祈りと御言葉によって与えられる聖霊なる神ご自身にあります。ひたすらに聖霊の豊かな注ぎを祈り求めましょう。

★   思えば、私どもは1994年4月3日に最初の礼拝式を捧げて出発いたしました。そして5年後の1999年に中部中会に加入し、もって日本キリスト改革派教会の一枝としての鮮明な意識をもって、開拓伝道と教会形成に仕えてまいりました。その間、やはり特筆すべきことは、2003年4月の、この地での教会堂の献堂です。そこでも、中部中会の祈りがあり、そこに至るまでの「折衝」は容易ではありませんでした。あの当時の伝道所委員会と、現在の伝道所委員会は委員の顔ぶれの変遷もありますが、いずれにしろ、委員会の働きが重要であることは、代わりがありません。私どもの教会には今年から、ディアコニア委員会も発足しています。委員が中心ではあっても、全教会員が、「ディアコノス」執事的奉仕を担うという志です。

★   こう記しながら、一方でいつも、自分の生活でぎりぎりという状況の兄姉たちのことも思います。その時を、お互いに受け止めながら、旅をする。これが、教会のディアコニアの基本です。受けるディアコニア・・・。

☆   いよいよ来週は、小塩長老の講演です。かつて「教会のディアコニアとしての靖国問題」という講演録を読書会で学びました。渡辺信夫牧師という歴史的に、傑出した牧師によって育てられた若い長老さんです。講演内容も大きな期待ですが、キリスト者とは、その存在が語ることこそが重要であると、-私自身、年を重ねてつくづく思わさせられるようになりました-思います。その意味で、小塩長老を皆様が見る(交わる)ことによっても、多くの励ましや学びとなるのではないか。そのような期待があります。もとより、牧師であるわたし自身が、そのような説得力を持てれば、良いのですが。これは、渡辺牧師をはるかなお手本として、-しかしお手本を持つことができるキリスト者はなんと幸いでしょうか!-、なお精進・修練をと願います。今回の全体研修会は、教会で行うことといたしました。全員が出席して、学び、そして懇談、協議し、私どもの教会が、いよいよ主の御心に忠実に従う教会として整えられるようにと、心から願います。

★    先週の夕べの祈祷会で、○○委員が、福井伝道所の週報を見せて、開拓の様子を報告して下さいました。実は、私どもの5周年記録誌を、本日、洗礼入会される姉妹と、伝道所の長老に贈呈したのです。そこで、あらためて、ぱらぱらと読み直し、私どもの開拓伝道当初のことを思い起こさせられました。開拓伝道は、整った支援体制があってもなお、容易なことではありません。福井の地でも困難で、厳しい開拓伝道の戦いであるかと思います。定住の伝道者がおられない状況です。