過去の投稿2011年10月3日

10月2日

 ―牧 会 通 信―

★  先々週の信徒研修会は、韓日協力開拓伝道(名古屋圏)のための会員の理解を深める目的で二つの講演がなされました。何と言っても、釜山の南川教会のペ・ギョンホ牧師の伝道への呼び掛けは、大きな反響を起こしていると思います。確かに、ペ先生が、日本の伝道の現実をどこまで正確に把握しておられるかは、分かりません。しかし私は、改めて、日本の教会・キリスト者は、根本的に問い返されざるを得ないと強く迫られました。どちらが、「普通の」キリスト者なのか・・・。聖書の標準なのか・・・。「日本伝道は、とても難しい。」まったくその通りです。しかし、だからと言って、その理由を、単に、「日本」の問題にすり替えてはならないはずです。聖書に従順に生きない牧師と信徒であれば、いつまでも、「難しい」と言い続ける以外ありません。

☆  今回の「ディアコニア報告」から、私の文章を転載します。【9月のチームのディアコニアの目的は、二つの仮設住宅をお訪ねし、物資をお届けし、それを通し、文通を求めて被災者の方々と寄り添うディアコニアにつなげることでした。一つは、8月のチームによって、聴きとった、亘理伝道所から徒歩数分にある旧館仮設住宅(100世帯余)の30世帯余の方々に、リクエスト物資を届けることです。もう一つは、5月のチームによって炊き出しの食事をお届けした山元町にある坂元中学校跡仮設住宅(70世帯余)を一般物資と聖書、亘理伝道所の教会案内、必要物資のリクエストと文通を求めてのお便りと切手は貼った封書等の配布です。
   今回初めて、キリスト教団体「クラッシュ」那須ベースから大量の物資、靴(アディダズの新品)や洋服、手作りのブランケット等を頂き、これらを、亘理に三分の一、山元に三分の二を配布しました。加えて、宮古コミュニティーチャーチの岩塚牧師とクラッシュのスタッフ2名とによる山元町仮設住宅でのカフェの応援を受けました。彼らは、亘理教会として奉仕をして下さいました。今回のディアコニアは、手編みの靴下の配布は、未信者の方々が中心であり、超教派の団体、教会とも共同することによって成り立っています。また、一人の兄弟が、山元町で活動するボランティア団体と、ご自分のかかわるNPO団体との協働の道を探るために、ディアコニア活動後、コンタクトをとられました。
   今回のディアコニアも、日用品を中心とした支援物資をお届けしたわけですが、何よりも主眼としたことは、当地から被災者に寄り添う道として「文通」を求めることでした。物資を一軒一軒、お届けする際に、そのことを説明しました。牧師のチームは、特に山元町では、ほとんどの方に、「神さまの祝福をお祈りさせていただいてよろしいでしょうか。」とお尋ねし、玄関先で、短い祈祷を捧げました。
   今回のディアコニアもまた、出発前の会員の諸準備がなくては、成り立ちませんでした。心から感謝いたします。加えて、中部中会ディコニア支援委員会からの資金援助にも感謝いたします。
冬の東北の寒さを勘案していない仮設住宅入居者の方々のことを思う時、次回の訪問を考えないわけにはまいりません。体と心を温めるための多くの方々と、お便りによる交わりが与えられることを待ち望みつつ、当地でできる執り成しの祈りに専心し、このディアコニアが実ることを心から祈ります。被災地の方々に主の慰めと希望が注がれ、すべての必要が整えられますように。

★  「寄り添い・グリーフケア」についての学びを経た私どもであっただけに、わたし自身の心には、とにかく、お話を伺う関係を・・・との祈りと願いがありました。しかし、二日間という短い奉仕の期間の中で、現地到着後、結局、物資配布に集中せざるをえませんでした。
現地からの報告者の中には、様々に異なる声を聞きます。たとえば、半年、現地で過ごした娘の学校の友人は、「物資支援はもう必要ない・・・」と言ったそうです。その背後には、行政や国の施策の不備、難しい問題が背景にあります。一方、私どもは、生活必需品の物資をお届けすることは、まだまだ必要だとの認識を持ちます。確かに、おかれた現場によって異なります。
「お祈りさせていただいてよろしいですか・・・」とお尋ねして、拒まれた方は、いらっしゃいませんでした。 そこに、被災者の方々の(!)私どもへの温かな配慮を思います。確かに、私どもの中に、「押しつけがましさ」や「押し売り」・・・と言う「自己規制」が働くことが大きいとも思います。しかし、主イエスが、伝道のために弟子たちを遣わしこう仰いました。「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。」(マタイ第10章12節)被災地だからできる、すべき時、場なのだと思います。私どもは積極的に用いることが大切ではないでしょうか。
今回、山元町では、「移動カフェ」の奉仕がなされました。入居者どうしのコミュニティつくりのためにも、 今、大変、喜ばれている奉仕と伺っています。私どもは、ここからできるディアコニアを求め、祈り続けます。