過去の投稿2012年1月10日

1月8日

 ―牧 会 通 信―

★  本日、奏楽奉仕者方と、協議のときを短く持ちます。年末のオルガンコンサートのときより、移動したままにしているオルガンの位置についての協議が主題です。私どもは、会堂建築のときから、オルガンは礼拝堂の背後に設置することと、しました。理由は、オルガン(オルガニスト)が、必要以上に目だってはならないということでした。歴史的経緯を言えば、前任地での楽器はピアノでした。しかし、礼拝の神学に基づく選定ではありませんでした。ピアノの専門家の方々が、弾きやすい楽器という基準でした。教会堂を献堂して、その技術を前面にだされた前奏曲を聴きながら、「これでは・・・」、と思わされました。ビルの礼拝室では、そもそも、ピアノなど買うこともできませんでしたが、カシオトーンの位置は、いちばん後ろにしました。奏楽(者)が目立つことによって、神へと心を向かわせることとならない場合があるわけです。改革派教会の歴史の中で、パイプオルガンを礼拝式に導入することそのものを禁じるグループが生じました。私どもは、楽器を用います。しかし、礼拝の主の中心性を損なうこととなるのであれば、つまり、自分たちの感情を楽しませようとすることに力点が置かれるのであれば、楽器そのものの使用すら、私どもは禁じてしかるべきです。

☆  昨年秋から、日本キリスト教会横浜長老教会より、月報と週報とを毎月送って頂いています。登家牧師にお願いしたからです。執事の方が、一筆添えて送ってくださっています。ディアコニアに生きることを目指して歩む私どもにとって、まさに、お手本とすべき教会です。忙しさにかまけて、お礼状を出していません・・・。
「主にありて  この年も導かれ 励まされ 守られて過ごすことができて感謝でしたが、大きな災害を受け、人災とも言える原発の災いによって困苦と不安の中で生活している人達、沖縄の問題、在日の方々の問題、弱い立場の人が安心して暮らせない社会の問題をそのままに過ぎて行きます。私たちの信仰を、主は審判の目で見ておられます。いよいよ御言葉に聞き、まことに小さく行き届かぬことしかできない私たちの業ですが、主の御旨にそって、自分のこととして寄り添って考え、仕えたいと思っております。2012年が愛と正義、公正が尊ばれる年となりますように。主の祝福が先生と教会と皆様のお働きの上にありますようお祈り申し上げます。  ○○○○○○○○○」

★  元旦礼拝式と初週夜の祈祷会でフィリピの信徒への手紙第3章12-16節を学びました。夜の祈祷会では、説教で触れなかった「わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです。」を解き明かしました。開拓18周年を迎える岩の上伝道所もまた、「到達したところ」があります。開拓伝道者は、当然のことですが、「到達したところ」を熟知しています。また、そこへと導く務めを担っています。近未来では、小会がそれを担います。そして、教会形成にとってもっとも大切なことは、この到達点を現住陪餐会員全員が共有すべく「歩調を合わせる」ことです。しばしば、「何か別の考え」(15節)が、教会を混乱させます。だからこそ使徒は、「わたしたちの中で完全な者はだれでも、このように考えるべきです」と、福音の真理に基づく、教会生活のあり方を示しました。私どももいよいよ、今年度、教会の歴史を画するときを迎えます。

☆   12月28-30日の亘理・山元町仮設住居入居者へのディアコニアの個人的な報告を致します。それぞれの奉仕者からの報告を合わせ、公的な報告は、13日の仙台におけるミッション協議会のための会議に提出します。 5月(4名)、8月(3名)、9月(4名)そして今回は6名に草野牧師をあわせ、2台の車で参りました。現地で、仙台カナン教会の○○長老ご夫妻を加え9名の陣容で、個別訪問を行いました。手編みの靴下を中心に手編みの防寒用品が300点近く、そして、手作りケーキ・クッキー、みことば入りカレンダー、さらに切手を貼ったお便り入り封筒などをこちらから持ち運びました。さらに今回もまた、クラッシュ那須ベースのご支援を受けて、靴を○○足頂き、配布いたしました。前回同様、私は○○とペアになって、お便りをいただいた方を中心にお訪ねしました。そして、その最初から、コタツの中へと招かれ、津波のときの様子について、私どもがお尋ねしないのに、お分かちくださいました。これまでの積み重ねがあればこそ、お祈りさせていただくこともでき、涙を流してその祈りを喜んでくださる方もいらっしゃいました。ボランティアは激減しつつあるとのことです。しかし、他の団体やキリスト者も、訪問をされていることも分かっています。しかし、二つの集会所をお借りできることになったのは、やはり私どものディアコニアが認知され始めていることかと喜んでいます。「また、3月に伺います!」とお別れしたときの、目の中に驚きと嬉しさの光をわたしは拝見しました。私どものディアコニアは、いよいよこれからが本番、本格稼働になるべきかと思わされます。いつもながら、現地ディアコニアは、それまでの準備こそが大切で、大変です。私どもは、現地に行かせて頂いただけです。