過去の投稿2005年3月25日

 「 ア ブ ラ ハ ム の と り な し の 祈 り 」

  「 ア ブ ラ ハ ム の と り な し の 祈 り 」
         創世記第18章22節-26節

                   主の1999年11月21日

・おはようございます。いかがお過ごしでいらっしゃいますか。名古屋は緑区 で伝道しております、日本基督改革派教会の牧師、相馬伸郎と申します。今日から3回に渡ってご一緒に、創世記、アブラハムの物語から、あなたを愛しておられる神さまのメッセージを聴いてまいりたいと思います。

・神は、ソドムの「住民が邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた」事に心を痛めておられます。アブラハムは神がそのお心を打ち明けることのできる、言わば神さまの友です。神はこの町を滅ぼすご意志を彼に打ち明けられます。しかし、この町には甥のロトがいるのです。ですから、アブラハムはどうしても、彼らを助けてあげたいと祈り願うのです。しかもそれだけではありません。何よりもアブラハムは神が正義のお方であることを知らされ、信じています。信じる故に、どうしてもこのように祈らざるをえなかったのです。祈るべきだったのです。「神さま、まさか全世界を正義をもって裁かれるあなたが、
正しい者を悪い者と同じように滅ぼしてしまわれるなんて、そんなことをなさるはずがありませんよね。」まるで、神さまを脅している、と誤解されかねない口調であります。

・これに対して、神は答えられます。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」このお答えのなかに、神があの執成しの祈りを喜んでいてくださることが明らかにされています。しかも、神のお答えに驚かされます。実に、全部を赦すと仰るのです。正しい者だけを取り除いて残りの悪い者を滅ぼすのではなく、皆を赦されると仰るのです。何と憐れみに富んでおられる神のお心でしょうか。

・さて、ひるがえって今日、この世界、この国は神の御目に、どのように映っているのでしょうか。なおも「主に対して多くの罪を犯」し続ける世界として映っているのではないでしょうか。何故なら、世界は、とりわけ私共の国は天地の創造者、世界の主権者、主宰者である神を無視しつづけているからです。それなら、私共もまた、このアブラハムに倣って世界の人々が一人でも多く、一日でも早く神に立ち返って救われる為に、大胆に祈ってよいのですし、真剣に祈るべきなのであります。

・しかも、今私共は既にハッキリと驚くべきことを知らされています。それこそは、この祈りのおよそ2000年後に、神が全く罪のない、正義を貫いて生きられた一人の人を十字架において殺されたと言う事であります。その人の名は、イエス・キリスト。神は、罪に染まったこの世を滅ぼす代わりに、罪のない神の御子イエス・キリストを十字架で滅ぼされてしまわれたのであります。神は、ご自身の独り子を、実に滅ぼされるべき私共の代わりに罰することによって、私共の一切の罪を帳消しにしてしまうという御業を行ってくださったのです。神の愛の大きさ、憐れみの深さ、恵みの豊かさは、アブラハムの祈り
をはるかに越えているのです。どうぞ、あなたもこの神の愛と赦しの中で生きてください。その為には信じるだけでよいのです。主イエス・キリストは日曜日に復活されました。

今日から、あのお方を、あの御業を、主イエス・キリストを信じて生きてください。