「 約 束 の 子 イ サ ク の 誕 生 」
創世記第21章1節-7節
主の1999年12月 5日
・おはようございます。いかがお過ごしでいらっしゃいますか。日本キリスト改革派教会名古屋岩の上教会の牧師の、相馬です。教会の暦から申しますと先週からアドベント、クリスマスを祝う準備の日が始まっています。どうぞ、今年のクリスマスこそお近くの教会にお出かけ下さい。私共、名古屋市緑区にある小さな教会でも、皆様のおいでを心からお待ちしています。
・さて、神はアブラハムにこのような約束を与えられました。「あなたの妻サライを祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。~彼の名はイサクと名付けなさい、生まれる時は来年の今頃である」しかし、アブラハムすでに99歳、高齢の身です。ですから、彼は心のなかで笑ってこう言ったのです。「百歳の男に子供が生まれるだろうか、九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」しかし、神は、不信仰なアブラハムを憐れんでくださり、同じ約束を繰り返し語ってくださいました。
・さて、我々の人生で本当に悲しくつらいことの一つに、裏切られると言うことがあると思います。その厳しい苦しい体験をした方の中には、もう「人の言葉を信じられない、そもそも人と人とがその言葉を頼りにして生きれるものなのか」、そこまで思い詰める方もおられるかもしれません。しかし、言葉が信じられないところで、人間同士が真実に幸福に健やかに生きることは決して出来ないのです。そして、実際に我々の社会はまさにその問題で行き詰まっているのです。
・しかし、救いはあります。神のみ言葉があるからです。世界のなかで神の御言葉にまさって確実なものはありません。神は裏切りません。神は嘘をつかれません。神は約束を守られます。創世記第21章1節2節はこう告げています。「主は、約束された通りサラを顧み、さきに語られたとおり、サラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。」彼らには事実、約束の息子イサクが与えられたのです。この短い文章のなかで、「約束された通り、語られたとおり、約束されていた時期に」と繰り返しています。つまり、聖書がこ
こであなたに届けたいメッセージとは、神の約束、神が語られた御言葉は必ず実現するということであります。アブラハム百歳、サラ九十歳。しかし、この現実の確かさよりもっと確かなのは神の御言葉であります。
・あれから、はるか2〇〇〇年後、このイサクの子孫から主イエス・キリストはお生まれになりました。御子イエス・キリストの誕生もまた神の御言葉の約束通りに実現したのであります。そして、どうぞお覚えください。このクリスマスの出来事は、神のあなたへの約束でもあるのです。その約束とは、これです。
神の御言葉、ヨハネによる福音書第一章一二節をお読み致します。「しかし、言(イエス・キリスト)は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」これが、あなたへの神の約束です。クリスマスを祝うこの日、どうぞ、あなたもこの約束を信じ、神の子とされて下さい。