過去の投稿2005年10月26日

10月23日

★  本日、予定通り伝道新聞25,000部を新聞折込いたしました。 「市民のみなさまへ」は、先週、教会員のご意見によって、一部、補足説明を加えることができました。伝道所委員会としては、このように、会員の声を集め、まさに、「私どもの」教会の立場を鮮明にすることを求めていますから、幸いでした。
伝道新聞を発行しつづけることは、教会の使命、責任です。何よりも、地域の方々への愛の行為です。 教会は、主イエス・キリストの現在も続いてなされている、「預言者」・「祭司」・「王」としての働きを、この地上において担う責任と使命、特権が与えられています。

☆  「預言」とは、神の言葉(福音)を正しく語ることです。伝道新聞の内容は、預言(福音の宣教と証)が中核となります。伝道は、教会が生きている限り止むことのない働きです。「教会の生命は伝道の実践となって躍動する」(20周年宣言)の言葉を、私どもは常に銘記したいと願います。
しかも、「預言者」として神の言葉を語る教会は、「時代」を見抜き、神の御心を告げ、悔い改めに招く、まさに「預言者」として、「預言」しなければならないのです。それは、ときに、教会の 政治的発言となります。この視点が欠落すれば、信仰は、まさに「心の問題」に矮小化され、やがて、聖書の信仰を逸脱し、「人間的宗教(集団)」に堕すことになります。特に、日本キリスト改革派教会は、改革派の伝統を継承することを願って創立した教会ですから、教会の「自律」を求めて戦う教会です。教会が、国家の介入を受けることがあれば、それは、教会の頭なる主イエス・キリストの権威を損なうことです。それには、まさに、命をかけて抵抗し、戦わなければなりません。ある人は、介入などされていないではないか、仰るかもしれません。しかしまさに、そのようにして、かつて戦前・戦中の日本の教会は、神と人との前に、無残な姿をさらし、神と人の前に罪を犯したのです。今まさに、この国の最大の危機的な状況をむかえ、もしも、教会が黙り込んでいるなら、私どもは、隣人からは責任を追及されないかもしれませんが、「すべての主権をもちたもう父なる唯一の神」(ニカヤ信条)の裁きを覚悟しなければならないと思います。政府・与党にとってもっとも「嫌」なのは、教会がこのように発言することです。世論に訴えることです。憲法改正の 国民投票がなされるとき、「報道規制」を厳重にするような法案が整えられつつあります。しかし、そのときでは、もう遅いのです。

☆  伝道新聞も、第27号になりました。これまでの洗礼入会者たちの多くが、この新聞を読んでくださったことが、教会への第一歩となりました。今、学び会を重ねております、洗礼入会志願者も、発行したばかりの伝道新聞をご覧になって、ある教会の日曜学校から私どもの日曜学校に移られた方でした。あれから長い年月を経て、お子様たちだけではなく、ご自身が礼拝式にも出席されるようになったのです。今回の伝道新聞は、新海兄の証でした。実名でかまわないとご本人のお申し出で、実名を掲載しました。仕事の関係で 教会と関わって、キリスト者、教会員となる・・・。この事例は、少なくとも、わたしの周りでは聞いたことがありません。そのような方を、主が捕らえてくださったこと、多くの、特に壮年男性には、深く訴える事実であると思います。新海兄が、夜の祈祷会をかかさずに励まれること、そのようにして、私どもの教会が、祈祷会を重んじる教会としての伝統を築きつつあることにも心から感謝しています。

★  今回の作成で、やはり特筆しなければならないのは、○○教会の○○長老です。印刷機にダイレクトに印刷するために、B4サイズに原稿を整えなおしてくださいました。同兄は、その日、3回の説教、報告などの奉仕をされ、夜は、ゆっくり休まれたいとき・・・、ご奉仕くださいました。その状況を存じ上げながら、頼むほうも頼むほうです!しかしどうしても、今回は、写真が入りますので、当会員にもできないので、急遽、お願いしたのです。まるで、教会員のように、ご奉仕してくださいました。現代の開拓伝道は、遠隔地におられても、パソコンにかかわる奉仕であれば教会奉仕ができる時代であることを思わされました・・・。 これは、今後の開拓伝道の方策上、検討すべきことと思います。他住協力会員・・・?名古屋岩の上伝道所の、隠れた奉仕者に感謝しています。

☆  印刷時、いつも思い起こすことがあります。開拓伝道初期、今の半分の印刷枚数でしたが、中古の印刷機と二日間昼夜を問わず格闘した思い出です。今も、丸二日かかりますが、仕事をしながら行えるのです。   

★  祈祷会の学びより「愛を身に着けるということは、歌を歌うことが身に着くということなのです。私自身が歌う存在となるとき、私自身が、愛の言葉を語る存在となります。」主日礼拝式はもとより、私どもの交わり・会議のなかで、歌を身に着けましょう!「詩篇と賛歌と霊的な歌によって語り合い」エフェソ5:19!!