過去の投稿2005年10月30日

10月30日

★  先週の祈祷会は、聖餐の礼典について学びました。私どもの教会が、何故、聖餐「式」と言わないのか。何故、聖餐を「執行、挙行する」ではなく、「祝う」と言うのか。あらためて、加藤先生から!学びました。
そこで、最も大切なこととしてあらためて学んだことは、聖餐が教会共同体を形成する礼典であるということでした。聖餐制定語である、「み体をわきまえる」とは、キリストの体なる教会をわきまえることです。「ふさわしくないままで主の体を飲み食いするものは、~裁きを身に受ける」とは、単に個人の倫理として理解することにとどまらず、むしろ、教会に積極的に生きることなく、兄弟姉妹のために祈ることを怠ってきた罪こそ、み体をわきまえないことなのです。ですから、教会員ではない人、つまり洗礼を受けていない人は、自動的に、聖餐を受領することは許されていないのです。それなら、洗礼を受けている者は自動的に許されるのか。そうではありません。その人こそ、「みからだをわきまえているのか」、その意味で「ふさわしい」のかの自己吟味が問われるのです。改革教会は、この聖餐の礼典の共同体的意義をきわめて重んじます。16世紀、ジュネーブのカルバンの教会では、聖餐の前に、長老たちが家庭を牧会訪問し、罪の悔い改めの勧告をしたのです。聖餐を純粋に執行する度合いにしたがって、教会の交わりの純粋性、教会の純潔が測られるものなのです。
   教会が受けてはいけないと定めた人は、受けられません。しかし、そうでない人が、個人的な良心の呵責、判断によって受けない自由はあるのでしょうか。わたしは、そのときこそ、聖餐を受けなければならないと思います。主イエス・キリストが差し出してくださった恵みを拒むこと以上に、罪はないからです。聖餐において、神の恵みを「受ける」だけの私どもですが、しかし、受けることのなかに、最高度の能動性があるのです。聖餐を受領すること以上に、神への感謝と信仰の表明(献身)はないのです。もしも、個人的な倫理上の問題で、聖餐を辞退したい人・・・。そのときは、必ず、牧師、長老に罪の告白をし、そして大胆に、聖餐を受けるべきです。先週の礼拝式は、確かに、賛美の声が大きくなりました。次主日は、聖餐を祝います・・・。

☆  先週は、伝道新聞と「憲法を守る日本キリスト改革派教会」のリーフレットを、読書会の前に出席者で折ました。このリーフレットは、中部中会の「世と教会の委員会」として、新たに作り直し、全現住陪餐会員に届くようにと1200部発行することになりました。今週は、このリーフレットを、「報告」にあるとおり、有志で配布します。先日、○○の友人のある他教派の方との交わりのなかで、伝道新聞を見せたそうです。その教会は、教会内で国家や政治についての会話も学びも一切しないとのこと。唖然、呆然!です。福音派の教会は、「ローザンヌ宣言」という宣言において、これまでのあり方を自己批判し、教会の社会的責任の自覚を、数十年前に強調したのです。しかし、現実には、そのような教会もあるわけです。伝道とは何か。教会とは何か。そのことに対しての余りにも大きな隔たりを思います。私どもは、教会の使命を果たすのみです。

★  11月に開催される「福音主義神学会全国研究会議」(主題は「霊性」)における牧田先生の講演は、大変すばらしいものです。(コーディネーターの特権で、すでに、拝読させていただきました。)この事に触れておられます。「キリストのみを唯一の王と告白し、キリストの王的支配の下に生きようとする時-聖霊に導かれて生きる者は必ずそのように生きる者である!-最大の脅威となるのは国家的権威である。~この問題を考慮しない霊性理解は、特に日本の教会を念頭に置く時、致命的欠陥を持つものとなるであろう。」まさに、マサニその通り!です。霊性の問題からも、対国家とのかかわりに無頓着であれば、聖霊に導かれているのではなく、他の霊に導かれているとすらいえるでしょう。

☆  先週は、伝道所委員が、女性は○○姉。男性は○○兄を牧会訪問されました。これは、画期的なことです。それぞれが幸いな訪問となったとの報告を受けました。わたしも○○姉のお宅に共に行くはずでしたのに、置いてきぼり・・・。委員が会議においてその責任を果たすことは、今までもしてまいりました。しかし、共同で、また個別にこのような牧会配慮をなすことは特筆すべき奉仕でした。私どもの教会は、相互に牧会する、配慮する慰めの家としてますます形成されてまいりたいと願います。

★  先々週、そして先週も、会議などに終われ、時間との格闘のなかで、「教会学校教案誌」の特に自分の連載原稿の執筆にあたりました。年間計画では、まとまった時間をとることにしていたのですが、結局、走りながら?書き続けることとなりました。すでに中年。夜中の2時、3時までの生活が続くのは、しんどいことです・・・。何とか、この生活を転換しなければと考えつつ、今月のスケジュールを見るだけで、ストレスが!?