過去の投稿2006年1月8日

1月8日

★  先週は、二つのアンケート用紙をお配りしました。一つは、葬儀(遺言)のアンケート、これは、牧師のみが取り扱います。厳重に管理します。真剣に考えるために、やはり時間が必要と思います。3月一杯までを締め切りと考えています。そして、全員の回答を求めています。「自分は、まだまだ」と、考えずに・・・。私も例外ではありません。自分の地上の最後を考えると、今のときを感謝して、一日いちにちを神からいただいた一日として大切に歩むこともできるのではないでしょうか。

☆  もう一つのアンケート、毎年恒例の奉仕アンケートです。先週は、土曜日の夜(すでに2時近くになっていました・・・)にプリントアウトしましたので、うっかり昨年のものをパソコンから取り出してしまいました。自分にできること、教会に必要と思われること、自発的に書き込んでください。教会の奉仕はまさに聖霊と御言葉によって押し出され、促されて、決心して立ち上がることが求められています。献金についても、同じです。その意味で、自律(自立)したキリスト者を目指してまいりましょう。

★  教会に奉仕する、仕えるためには、「教会とは何か」を聖書から、教会の教え(教理)の全体からよく学ぶこと、さらに、教会の歴史を把握し、日本キリスト改革派教会の政治(政治規準)をも、知る必要があります。そうであれば、教会奉仕とは、まず自分自身が「学ぶ」人になることなしに真実に、正しく担うことは難しいことがわかると思います。洗礼入会後、日の浅い方々は、決して「あれもこれも」などと考える必要はありません。今は、一つでも多くの集会に出席すること、それにまさる奉仕はないと知って下されば嬉しいのです。そこでいつも思い出すのは、ルカによる福音書第10章38節以下の「マルタとマリアの物語」です。姉のマルタは、主イエスをもてなすことに夢中で、心を乱していました。しかし、妹のマリアは、主イエスの説教にひたすら聴き入っていました。彼女が、「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良いほうを選んだ」と主イエスにほめられました。子どもカテキズムの問い70の答えにこうあります。「御言葉をよく聴くことこそ、神さまへの愛と奉仕です。」

☆  わたしは、これからも徹底して御言葉に聴き従う教会の形成、教会訓練に励む所存です。しかし、同時に、近年、特に思わせられているのは、御言葉に聴く教会とは、従う教会、生きる教会であるということです。教会こそが、「馬小屋」を探すこと、主イエスを殺そうとした王ヘロデのようにではなく、占星術の学者たちのように、「宝箱を開ける」ことを目指すべきです。それによって、この世における神の正義、平和、支配を明らかにできるはずです。つまり、ディアコニア(執事的奉仕)の教会、全会員が執事的な奉仕を担う教会となることです。「いったいこの小さな教会に何ができるのか、この地域社会、また日本を相手に何ができるのか・・・。」しばしば、立ちすくみます。「収穫までまだ半年ある」と言いたくなるのです。「自分たちには、能力、人材、財力が足りない」と言い訳をしたくなります。しかも、その言い訳はほとんど妥当なものです。しかし、そうであれば、いつまでたっても、教会は、奉仕の家として成長しないかもしれません。信仰に立って、主を信じ、期待して、始めたいと思います。ディアコニアのためには、そこでもまた、学びが必要です。教会とは何か。その使命とは何か・・・。

★   地域の子ども達への伝道。これを、ディアコニアの視点で捉えることも可能ではないかと思います。地域に仕える道です。これまで以上に、教会を挙げて、取り組みたいと思います。さらに、私どもがこの地域、この社会、日本、世界の神の働きに仕える道を祈り求めたいのです。すでに、関わりが与えられている諸団体はいくつもあります。名古屋キリスト教社会館、韓国の日本人伝道。女性宣教師。盲人伝道センター。PTA会長などもその一つと考えることも許されるのではないでしょうか・・・。教会として、個人として・・・。

☆  本日の皆様の語り合いに期待しています。また、伝道所委員会がこの面で、リーダーシップをとることができたら幸いです。そして、そのためにも、委員たちの奉仕を手分けしてまいりましょう。皆が、自分に与えられた奉仕を、責任をもって担うことができたら、主に喜ばれ、豊かな実りが教会にまた奉仕者自身に与えられると信じます。

★  聖書日課。一週間、いかがでしたでしょうか。解説を読むだけでも、かなりの時間をとります。もとより、解説は読まなければならないのではなく、聖書を読むことこそ、中心です。自分のペースで、三年で通読という「ゆったりペース」で参りましょう。

☆  命の危険もあった、実家の父も、リハビリを始めていました。この一年も、何が起こるか・・・。しかし、主イエスの御名の中で、主と共に生きれる私どもは勝利者です!