過去の投稿2006年4月2日

3月26日

★  次主日は、名古屋岩の上伝道所開拓伝道開始から12周年の記念のときを迎えます。1994年4月3日。悲壮な思いで、出発した日を忘れることはありません。前任の教会での経験をもとに、二度と、あのような・・・共同体を形成してはならないという思い、使命感をもって出発しました。「ここに神の教会を、ここにキリストだけを主と告白する慰めの共同体を形成させて下さい」これが、わたしの祈りでした。それ以来、この祈りのなかで、キリスト中心の教会、キリストの権威を明確にする教会、キリストの支配に服する教会を主に捧げることに牧師としての当然の使命ですが、専心してまいりました。開拓伝道は、あらゆる点で実に厳しいものでしたが、しかし、またなんと楽しい伝道の日々であったかとも思います。そして、今、ここに神の教会が存在している事実に粛然(しゅくぜん)たる思い、厳粛な思いを抱いています。開拓伝道は、うっかりすると歴史が極めて浅いですから、何か、人間が目立つのです。伝道者とわずかの会員の具体的な「奉仕」なしには、担えませんから一方で当然のことです。この尊い奉仕なしに、今日をみることは決してできません、がしかし、それを用いてくださり、実らせて下さったのは、ただ神のみです。ただ、神のみがあがめられるべきです。Soli Deo Gloria!

☆  開拓第12周年は、中部中会に加入して、あわせて、第7周年を祝うときでもあります。既に、単立時代を越えています。先週の中部中会の連合長老会での講演でも、少し触れました。私どもの教会の歩みは、中部中会の実りであります。日本キリスト改革派教会の実力の一端であるのです。その意味で、私どもの開拓伝道のために、教会堂建築のために、祈り捧げて下さった兄弟姉妹たちのことを忘れることはできません。わたしの心の底からの願いは、名古屋岩の上伝道所を見ていただければ、どれだけ、改革・長老教会の教会形成、つまり、日本キリスト改革派教会の実力がすばらしいものであるか、聖書と歴史に忠実に生きるとき、聖霊の力あふれる教会となるかを、立証することです。どうぞ、皆様と志を一つにして、このために、全力を注いでまいりましょう。講演原稿は、連合長老会ニュースに掲載されるとのことです。どうぞ、お読みください。私どもの教会の使命は、日本キリスト改革派教会の歴史的使命を実現することにあるのです。それがようするに、「ここに神の教会を、ここにキリストだけを主と告白する慰めの共同体を」形成することだからです。

★  私どもの教会は、今年の目標として、「ディアコニア」(奉仕)の教会を自覚的に目指して歩むことを決議いたしました。そして、あらためて日曜学校伝道を教会のディアコニアとして捉えなおしたいと考えています。昨年の会員総会で、教師の任職式を挙行いたしました。今年は、次主日にあらたに、二人の教師が任職されます。すでに補助教師としてですが分級の奉仕などを担っていて下さる兄姉です。姉妹は、ここで洗礼を受けられた第一号です。ついに・・・との感慨もあります。どうぞ、この霊的な、教師の務めを誠実に果たせるように祈って下さい。

☆ 私どもの小さな教会が、この地域全体に福音を満たし、奉仕するためには、これは、あきらかに、全員が奉仕者になる以外にはおよそ担えません。この欄でもご紹介したことがあるように思いますが、加藤常昭先生は、「万人執事」という言葉を作られました。これは、改革者ルターの「万人祭司」の模倣です。しかし、今日の状況の中、私どもの教会もまた万人執事という言葉を、用いたいと願います。「日曜学校伝道は教会を挙げて取り組むべき課題です」とは、わたしが日本キリスト改革派教会のなかで、必死に?訴えている事柄です。今回、任職された方は、「正教師」です。(そのほかに補助教師がおられます。)わたしは、教会員は、全員、補助教師であってほしいと願っているのです。どんな手伝いでも、歓迎です。

★  映画「マザーテレサ」をどうぞ、多くの方が(もちろん、皆様を含んでいます!)観てくださいますように!マザーテレサの映画会は、「ディアコニア」の教会を目指す私どもに摂理のように贈られたプレゼントのように思います。彼女の生き方、実践こそまさにキリスト者・教会の奉仕の原点なのではないでしょうか。

☆  数週間前、西部中会のある牧師から、このような嬉しいメールを頂きました。「先日、教師と子どもたちの合同の会議を持ちました。子どもたちから、「教会の近所の子どもたちを誘おう」という声が出て、子どもたちを誇らしく、そして自分を恥ずかしく思いました。」この伝道所も、奉仕者が一人増えたので、教案誌を追加注文してくださいました。