★ 来週は、9時30分からの礼拝式となります。お間違えありませんように。今回の日曜学校のキャンプには、初参加してくださるお友達も多いことを感謝しています。金城学院中学校の1年生たち、そしてピカソに参加してくれている子どもたちです。最近来れなくなっているお友達たちにも、声を掛けました。
☆ 先週の臨時会では、中部中会設立50周年信徒大会開催準備のための懇談のときが設けられました。私どもが中部中会に加入したのは、40周年記念のときでした。この10年の歩み。それは、ありていに申しますと、試練の連続でした。そこから、どのように神の力ある祝福を読み取ることができるのか、それこそ、信仰が問われます。そして、なお、赦されて私どもの中部中会の歩みがあることを信じます。しかし、それは、同時に、はるかにまさって決定的に必要なのは、自らの教会の主に対する献身、服従が足らなかったことを自覚することです。わたしが大きな声で主張すれば、残念ながら、違和感を覚えられる方もおられます・・・。この10年の歩みは、それにさかのぼる中部中会の歩みの結果です。ですから、中会はもとより、そもそも日本キリスト改革派
教会の歩みの検証さへ、私どもの責任としてなさねばならないでしょう。
中部中会加入の折、提出した拙論や40周年記念信徒大会記録にも収められている拙稿に課題を率直に披瀝しました。なお、未解決のままであると思います。現状を正しく分析することは、神学諸学科とりわけ、「実践神学」の力がまさに問われています・・・。
私どもの課題は、結局、神学する力をどのように身につけるのかということに収斂するように思います。そしてこの神学する力は、聖霊の賜物、聖霊なる神のお働きです。ですから、祈祷が不可欠です。聖書に記された御言葉を正しく解釈し、それを生きることは、聖霊のお働きなしにできません。それを、本当に、信じるのでなければ、結局は、「死せる神学」と歴史的に敬虔主義者の方々からの厳しい批判を甘んじて受ける以外にないでしょう。教師と長老の「霊性」を鍛えること。深めること。日ごとに聖霊「体験」!(わたしの口から、このような言葉を発するなんて!!)を祈り求めることを重んじることです。祈りなくして、共同の祈りなくして、つまりここでも基本中の基本に立ち返ることによってのみ、私どもの将来は切り拓かれと考えます。 名古屋岩の上教会もまた、徹底的に週日の「祈祷会」、家庭での聖書と祈りの生活を重んじてまいります。
☆ 先週、太田伝道所の村手牧師とお二人の委員方が、私どもの礼拝堂を見学されました。「オザキ建設」 さんで教会堂の新築を決断、契約されたとのことです。「オザキ」さんつながりの礼拝堂が中部中会の中に起こされます。すべての準備が滞りなく進められて、太田伝道所の教会形成と伝道とが、新会堂の建築によっていよいよ結実しますようにと祈ります。
★ 先週の委員会では、高蔵寺教会の新会堂建築への募金について、協議しました。すでに上棟も済み、10月末には完成の予定とのことです。先回の講壇交換の折、多くの学生が出席され、なお、若干の方が来会されています。駅から、徒歩0分の好立地を生かせば、今後の伝道に大きな力となることは、明らかと思います。主が最善をなし、すべての必要を満たしてくださいますように。
☆ 「電柱看板に『子どもの駆け込み教会』という文字を入れられたら」と、家内。日曜学校・子どもの虐待・ディアコニア・・・!!