過去の投稿2009年9月20日

9月13日

★  牧師の職務について21年、初めて、2週連続して牧会する教会の奉仕から離れました。数年前から、 検討していましたが、ついに実現できました。委員会をはじめ、皆様のご理解を心から感謝いたします。  また、巡回教師の二宮先生のすばらしい説教奉仕にも感謝いたします。先生からは、丁重な肉筆のお便りを頂きました。先生ご自身も、今回の奉仕について、深い印象を持って下さったようです。「感動の連続でした。」と結ばれていました。本当に、もったいないおことばです。実は、先生の方から声を掛けて頂きました。開拓伝道の私どもの姿に関心を示して下さっていたわけです。それを裏切らないこととなったのは、大きな感謝です。何よりも、良き聴聞者である皆さんと、良き説教者との出会いが幸いな礼拝式を捧げることとなったのだと思います。留守中、すべての奉仕も守られました。感謝いたします。

☆   8月30日は、東釜山の二つの教会で主の日の奉仕を捧げる光栄に与かりました。金聖福牧師の教会(1000名)の朝の二回の礼拝式、ハン牧師の牧会する教会(1500名)での午後の礼拝式です。金先生の教会は、現在、5階建ての新会堂を建築中で、見学させていただきました。すでに家が建っている数件の土地を、粘り強く買い上げて、街道に近接した立地のよい地に新会堂を捧げられるのです。韓国のキリスト教は、10年前までは成長し続けてきましたが、近年は、頭打ちとのことを伺いました。しかし、それでも成長を続ける教会もあるのです・・・とのことでした。この二つの教会はまさにその典型でしょう。午後の教会は、 私どもが目指すディアコニアに生きる教会でした。難聴者たちが40名ほど出席されているそうです。その子弟たちの様々な支援もしておられると伺いました。脱北者の生活支援、また教会の近くに家を買い上げ、 福祉施設として活用しておられるとのことでした。二つの教会とも、自分たちもまた経済的な必要を強く感じていながら、しかし海外宣教の働きのために、会堂返済すら後回しにして!どんどん捧げられるとのことです。これこそが、教会の経済の基本なのですよとのこと。まさに生ける神を信じているわけです。(ただ、  礼拝式の献金の際に、特別献金者の名前、項目を読み上げる習慣は、私どもには考えられませんが・・・)

★  主の日に三回同じ説教をしました。通訳者は、韓国の国立大学、釜慶大学の日本語学部の准教授の兄弟が奉仕してくださいました。会衆は、元気に「アーメン!」と説教に応答してくださいました。一回目より二回目、そして午後の礼拝では、もともと元気のよい会衆なのかもしれませんが、いよいよ「アーメン!」の声が大きくなりました。わたしも既に三回目には、すっかり慣れ?て、大きな礼拝堂にふさわしい「声」を出しました。おそらく普段とは違う雰囲気!で説教したと思います。韓国の兄妹たちの素直な「アーメン」の応答に、こちらも興奮させられてしまいました。「韓国でも牧師になれるのでは・・・」これは、余談です!

☆  韓国の礼拝堂には、ほとんど大きなモニター映像で説教者を映し出します。説教者も説教卓から、正面に設置されているモニターを見ることができます。わたしは、その余裕も、必要もなく、いつものように説教しました。会堂が大きく会衆も多い「礼拝説教」は、それに影響されることもあるのかもしれません。建築中の1万人収容の礼拝堂(高神派ではありません)も見学しました。正直に申しますと、このような大きな礼拝堂は必要であるのかと思いました。釜山の街は、見渡す限り、教会、教会、教会と、教会堂が立ち並びます。本当に、すばらしい光景です。何より韓国の教会のすばらしは、世界宣教に力を注いでいることです。世界で2番目に宣教師を送り出していると伺います。

★  韓国の長老派、高神派の教会を訪ね、あらためて私どもの教会形成の歩みを省みます。なんら間違いはなかったと思います。ただし、一つ、問われたことがあります。それは、ビジョンの「大きさ」の問題です。主のために、さらに大きく祈り求める必要があると、問われています。韓国、高神派、長老教会の神さまは大きな力を持ち、日本の・・・、そんなことはあり得ません。宣教の状況を単純に比較することはできません。私どもの志の高さは、高神派の兄妹や牧師たちにも引けを取らないはずです。しかし、神の国のための私どものビジョンは、小さすぎるのではないか。そう自問自答しています。

☆  一つの大きな祈りであった釜山日本人教会の金応守先生を訪ね、「ヲン」で献金することもできました。日本人伝道は、かの地でもまた、容易ではないことを思わされました。