過去の投稿2009年12月28日

12月27日

★   本年、最後の主の日を迎えました。それぞれが、教会に仕える歩みであったことを思います。拙く、貧しい主の弟子の歩みであったかもしれません。しかし、主イエス・キリストの恵みと父なる神の愛と聖霊の交わりの内に歩み通すことが出来た事実があります。心から恵みの主に感謝いたします。

☆   牧師は、信仰の教師です。「教師の職務は、その重要性の故に教会において第一位を占めるものである。」(政治規準第43条)とされています。教会員一人一人が、その与えられた信仰に生きる道、神奉仕へと訓練するために神が教会に与えられた務めです。「ある人を~教師とされたのです。こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。」(エフェソ第4章12節)本日は、会員総会の準備のための臨時伝道所委員会を開催します。この一年の御言葉の教師としての務めを顧みて、どうであったのか・・・。その答えは、わたしじしんにあるのは言うまでもありませんが、何よりも第一には、皆さまにあります・・・。

☆ お一人ひとりと、ゆっくり向き合ってお話しを伺い、また、信仰の個別の指導をなすこと、これも不十分であったことを、皆さまに申し訳なく思います。個別の指導を受ける・・・、それを積極的に求めて頂くこと、それも教師の務めへの皆さまの協力です。個人伝道の訓練・・・、中途半端でした。伝道所委員お一人おひとりを、長老、執事へと整えられるための指導・・・。これも、不十分であったことを思います。にもかかわらず、彼らの奉仕は、皆さんが認められるものと思います。彼らが「前に出て」、委員としての「指導」へと大きな一歩を踏み出されたこと、これは、今年度のやはり特筆すべきことであったかと思います。その意味では、「模範」としての信徒生活へと志を新たに、踏み出されたわけです。

★     先週の朝の祈祷会は、本年最後の祈祷会として守りました。恒例の一年を振り返っての短い証を分かちあいました。祈祷会は、教会の活動のまさに心臓部です。ここで、執り成し祈った事々が、私どもの歩みを造ったのだと言っても、過言ではないと思います。挙げられた祈りの課題が、神の恵みによって進みました。多くの方が、今年度、何よりも嬉しかったこととして、○○兄の病床洗礼、○○姉の洗礼入会、○○兄の加入を挙げられました。

☆   先週の説教原稿より。「ここで、わたしが申しますのは、ただマリアのことだけに当てはまるということではないということです。もしも、名もなき、小さな私どもであっても、主なる神の御心が、このわたしの上になりますようにと、これを、自分じしんの祈りとして祈るなら、私どもも又、わたしでしか生きれないわたし、あなたでしか生きれないあなた、つまり、神に与えられたたった一つの自分といういのち、自分の人生を生きることができるようになるのです。それが、この主の祈りの醍醐味です。マリアが捧げた祈りは、私どもの祈りの生活、祈りそのものの核心部分なのです。この「お言葉どおり、この身になりますように。」の祈りは、私どもにも起こるすばらしい神のみ業に道を備える祈りです。」来週は、奉仕表が配られるかと思います。改めて、キリスト者の意味、その使命について、主の前に静まるときを持ちましょう。この祈りを、まさに祈るときです。

★   燭火礼拝式を終えて、ひとりの委員からメールをいただきました。「星の王子さまの言葉、大事なものは目には見えないんだよという言葉と、○兄、○姉の心のそこからの証しが響き合いました。 しかし毎年、あの人もこの人もなぜお誘いできなかったのだろうと反省をするときでもありました。」 
 蝋燭の炎に照らされ、静かに御言葉を聴き、讃美を歌う・・・、まことに救いの恵み、その幸いを思います。お二人の証を伺いながら、改めて、神の御救いの恵みの重さを深く感謝いたしました。二つの説教を準備していましたが、時間の関係から、「東方の博士」のテキストから、語りました。また、「反省」については、委員だけの課題ではなく、お互いに共有するところと思います。それでも、新来者として、二人の留学生が来られ、何よりも、来年度、洗礼入会へと神が備えて下さるであろう方々が招かれたことを深く感謝致しました。

☆    11月末からすでに一カ月余り、降誕祭には、退院できると思っていました病床にある姉妹を思います。毎週、お訪ねしていますが、退院が延びること、年初に手術なさることを伺いました。主のまったき癒しと平和とを祈ります。そして、皆さまお一人お一人のご健康も守られますようにと、心から祈ります。

★    1月に、キリスト教放送局FEBC(AM1566)のシリーズ「東海の牧師たち」の収録が、この書斎でなされます。自分のことを20分語りなさいと言われています。