2012年2月19日
マタイによる福音書 第21章1節~11節
「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「シオンの娘に告げよ。
『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。
「ダビデの子にホサナ。
主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」
イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。」
私どもの教会は、教会の暦に従って、説教をしません。その意味では、教会の暦に無頓着です。それが、わたしどもの伝統です。しかしながら、私どもも、復活祭(イースター)を祝い、聖霊降臨祭(ペンテコステ)を祝い、そして降誕祭(クリスマス)の三つの祝祭日を大切にしてまいりました。その日の礼拝式では、必ず、聖餐の礼典を祝っています。そして、三つの祝祭において、何よりも大切な祝祭、中心的な祝祭は復活祭、イースターです。
わたしどもの教会は、毎週日曜日に礼拝式をささげます。何故、日曜日なのかと言えば、主イエス・キリストが金曜日に墓に葬られてから三日目の朝、ご復活した出来事に基づいているからです。言わば、毎週日曜日は、キリスト復活の祝い、お祭りなのです。日曜日は、小さな復活祭と言ってもよいかもしれません。
それだけに、私どもの教会は、復活祭の前の一週間を、受難週として特別に意識して過ごします。昨年も、どうしても朝夕の祈祷会に出席できない兄弟たちと夜の祈祷会を重ねました。
この受難週は、いつから始まるのでしょうか。それは、まさに今朝朗読した物語、主イエスのエルサレム入城からです。教会の暦では「棕櫚(しゅろ)の主日」と申します。マタイによる福音書では、主イエスが、ロバの背中に乗って進まれる道に木の枝を敷いて出迎えたとあります。ヨハネによる福音書では、群衆は「なつめやしの枝」をもって出迎えたとあります。その木が昔の翻訳では「棕櫚」でした。棕櫚の枝についた葉っぱを、言わば、小旗のように振りながら、群衆は歓迎したのだと思います。
まさに受難週が始まる最初の日として、覚えられているのが、エルサレム入城なのです。しかも、見逃せないのは、マタイ、マルコ、ルカによる福音書の共観福音書だけではなく、ヨハネによる福音書にもこの出来事が記されていることから、エルサレム入城の出来事がどれほど重要な出来事、意味をもっているのかが分かると思います。一言で言えば、旧約聖書の約束、予告、預言の成就であるということです。神の民にとって決定的に重要なことが、ここで起こったということです。
さて、何故、それほどまでにエルサレムが重要なのでしょうか。エルサレムとは何でしょうか。それは、神の都です。同時に王の都です。それなら、いつからこの都は始まったのでしょうか。紀元前1000年頃、つまりダビデが王に即位して、そこに神殿を建築し、王宮を建築したときからです。正確に申しますと、神殿建築はその息子ソロモン王によります。さらに正確に申しますと、このとき建てられた神殿は、敵国によって崩壊させられ、紀元前6世紀に、ゼルバベルの指導によって第二神殿が建築されます。さらに言えば、主イエスがご覧になったエルサレム神殿は、ヘロデ大王によって完成されたもっとも壮麗、壮大な神殿であったと思われます。いずれにしろ、イスラエルの首都、南ユダ王国の首都であった、政治と宗教と文化と経済とすべての中心地がエルサレムでした。
新約聖書を深く読み説くためには、必ず、旧約聖書をひもとかなければなりません。サムエル記下第7章にこうあります。「あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。」
これは、神がダビデに与えた約束です。サムエル記下第23章では、「永遠の契約」と言われています。そもそも、神の契約をさかのぼれば、アブラハムに及びます。アブラハムには、子孫が星の数のように多く与えられ、その中から救い主が生まれると約束されました。アブラハムの子孫のことを、イスラエルと言うわけです。もとより、血肉の子孫だけを意味しているわけではありません。信仰の子孫という意味の方が、もっと大切です。そして、アブラハムの子孫が、このダビデ王です。そして、神は、このダビデの子孫、ダビデの子からイスラエルの救い主が生まれることを約束されました。これが、聖書に記された御言葉です。聖書の民、聖書を信じる人々の信仰は、ここに基づきます。
先週、目の見えない二人の盲人がイエスさまに向かって、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんで下さい」と呼びかけたことを学びました。ユダヤ人であれば、誰であっても、自分たちの救い主になる人は、ダビデの子孫であるという常識を持っていたわけです。
主イエスは、ついにエルサレムに入られます。それは、ご自身がそこで王として即位する場所だからです。ご自身が正真正銘の神の御子であられ、王の王であられる限り、エルサレムに行くことは、まさに永遠の初めからの定めと言ってもよいはずです。そこでこそ、主イエスがどなたでいらっしゃり、何のために、この地上に来られたのかが、明らかにされるはずなのです。
さて、しかし、この物語のメッセージはここから始まります。主イエスは、この都に、真の王、正真正銘の王、ダビデの子孫である王、救い主、王の王として入城なさいます。そしてその方法が、あまりにもおかしいのです。滑稽であると言っても言い過ぎではないと思います。
ロバの背中に乗って進み行こうとなさるのです。しかも、そのロバとは、おそらくは、子どものロバなのです。母ロバと子ロバが二匹、主イエスのご命令で連れて来られます。
とても不思議ですが、主イエスはこう仰せになられました。「もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」
つまり、もう、話はついている、話をつけてあるのだということでしょう。ちゃんと準備がしてあったことがうかがわれます。主イエスは、偶然とか、思いつきとかによってロバにのって、エルサレムに入られたのでは決してないことが分かります。
マタイによる福音書は、それを確かめるように、証します。
「それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。」
「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
これは、旧約聖書、イザヤの預言、イザヤ書第62章とゼカリヤ書第9章9節の預言の言葉を自由に組み合わせた文章です。そして、何よりもここで注目すべきことは、ろばに乗り、子ろばに乗って、イスラエルの王が、エルサレムに入城されるという点です。
はっきりと、しっかりと、このような驚くべき預言があったのです。これは、主イエスの思いつきなどではまったくなく、神のご計画に基づくことだったのです。そして、その行為の中に、メッセージがあります。
今から60年以上前、この国は、戦争の真っ最中でした。当時の映像を今、見ることができます。それを、目撃した方もまだご存命だと思います。今の代々木公園で、学徒兵が集められ、出征のための壮行会が行われました。そのとき、そこに昭和天皇、裕仁氏が現れます。天皇は、軍馬に乗っています。しかも、白い軍馬です。白い軍馬は、天皇だけの軍馬です。当時の天皇は、陸海空軍すべてを統帥する唯一の主権者でした。王が乗るのは、軍馬です。しかも兵隊が乗る馬とは、違う特別の馬です。
かつて中部中会の平和集会で、ビデオを見ました。それは、天皇の車が、靖国神社に入るときの光景です。すべての人々が、地面に頭をこすりつけるかのようにして、ひれ伏していました。今、そのような光景はみられませんが、天皇が乗る車を日の丸の旗を振って、沿道から見送る光景は、今もしばしば見ることがあります。余計なことかもしれませんが、その車は、日本の最高級の車です。特注の車です。
つまり、人々から権力者、権威を認められる人、権威を持つ人たちは、皆、そのような立派な、特別な、権力を示す乗り物に乗って人々の前に現れるものです。ところが、神は、予告されていました。真の救い主が来られるとき、そのとき、彼は、ロバの子の背中に乗るというのです。「『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、/柔和な方で、ろばに乗り、/荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
大人のロバであっても、見栄えがしません。人々から見上げられる高さがありません。当時の馬は、武器でもありました。戦車を引くのは馬です。力が強く、足も速く、戦いをするためには、軍馬の数がものをいったのです。それに対して、ロバです。しかも、親ロバではなく、子ロバです。どれほど、子どもであったかと言えば、親ロバといっしょに歩く必要があったほどです。言わば、歩き立てではないでしょうか。そんなロバに乗ることじたいがこっけいです。常識的にみれば、おかしなことです。かっこ悪いと思います。しかも、主イエスが従えているのは、軍隊でも軍人でもなく、ただの人たち、むしろ、旅に疲れていた12人です。
ただ、王らしさが見えるのは、群衆の歓迎ぶりです。なんとかこの弱弱しく、フラフラと歩く子ロバに乗った王の道を、レッドカーペットをひくことはできずとも、自分たちの服を脱いで、絨毯にしつらえます。そして歓呼の声を挙げます。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」
ホサナと言う言葉がどのような意味を持っているのか、よく分からないというのが、多くの学者の意見のようです。「今、お救いください」という意味があると言われます。おそらく群衆は、日本語で言えば、万歳を叫ぶように、歓迎の気持ちを最大限あらわす言葉として用いたのかもしれません。
これは、詩編第118編にある言葉、その預言の成就として読むこともできます。「どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを。祝福あれ、主の御名によって来る人に。わたしたちは主の家からあなたたちを祝福する。」
聖書は言うのです。主イエスご自身は、証なさるのです。まことの王とは、柔和な王なのだと。思えば、マタイによる福音書にとってこの柔和と言う言葉は、特別の響きをたてていたと思います。他の福音書には、用いられていない言葉なのです。しかし、マタイによる福音書には、この他に二か所、記されています。しかも、特別に重要な個所だとすら言えると思います。
何よりも第5章の山上の説教です。「柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。」
地を受け継ぐというのは、天国に入れるということです。主イエスが再び来られる時、完成される新しい天と新しい地、この世界が美しく完璧に完成される終わりの日に、この新しくされた地上に生きることができる人の特徴は、柔和です。
山上の説教における七つの幸いの言葉の説教で学んだことですが、主イエスは、ここにいる私どもに「あなたがた柔和な者は幸いです。」と宣言してくださいました。おさらいですが、主イエスが、七つの幸いの説教で語られたすべてのことに通じますが、主イエスは、「柔和な者となりなさい」と命じられたのではありませんでした。キリスト者であるあなたがたは、柔和な者だと宣言されたのです。柔和な者だから幸いだと、祝福された姿を明らかに教えて下さったのです。
しかし、おそらく私どもは先ずそこで、戸惑うと思います。「いったい誰のことを指して主イエスは仰ったのか」と思ってしまいます。何故なら、現実の私どもは弱いからです。不信仰であり、不熱心だからです。それゆえに、つい優しさを失って、攻撃的になってしまいます。相手を責める思いが強くなるのです。そのことを恥じる者です。どうして、そうなってしまうのでしょうか。それは、自分に頼るからです。怒りっぽくなって、自分の手で復讐、反撃、仕返しをしないではおれないといきり立つのは、主イエスのご支配を忘れてしまっているからであります。
キリストに従って地上の歩みを造ることが、この現実の世界においては、負けてしまう、勝ち残り、生き残れない、上にあがれないと焦ってしまうことがあるからです。そのとき、わたしどもは、結局、勝利者イエス・キリストから視線をそらしているのです。
しかし、そのような私共にもかかわらずに、主イエス・キリストは、このあるがままの私共を、「柔和な人々」と呼んでくださったのです。これは、皮肉であるわけがありません。主イエスの御目には、はっきりと私共が柔和な者と映っているからです。理由はただ一つです。主イエスご自身が、ご自身の十字架における勝利、言わばご自身の柔和の勝利を私共にあずからせ、ご自身の勝利の内に私どもを巻き込み、ご自身の柔和を私共にかぶせてくださったからです。包んでくださったからです。この王の中の王の支配の下に置いて下さって、私共をご自身の仲間にしてくださって、私共もまた小さな勝利者として下さったのです。
そして、その柔和さとは何かを具体的に示す言葉が、第11章に登場します。大変有名な御言葉です。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
柔和、それは、イエスさまご自身のご性質をあらわす鍵となる言葉なのです。主イエス・キリストという人格の中に、まことの柔和が現わされているのです。そしてそれは、謙遜という言葉ともほとんど同じ意味です。
聖書の言う謙遜は、特に日本人に誤解されやすい言葉の一つだと思います。それは、神への従順さということです。神に対して従順に生きることそれが、謙遜なのです。柔和もまた、同じです。柔和には、軟弱というイメージがありません。神に従い抜く強さが示されているのです。そして、まさに、その信仰の姿勢を余すところなく私どもに見せて下さったのが、身を持ってお示しくださり、お教え下さったのが、主イエス・キリストでした。十字架の死に至るまで謙遜に、父なる神の御心、ご意向に服従されたのです。
実に、そのような柔和な人、謙遜な人がキリスト者、教会だと主イエスは宣言されました。地を受け継ぐと約束されました。そして、確かに、その主ご自身が、十字架で殺されて、三日間は、地上から抹殺されたように見えましたが、しかし、主イエスは父なる神に甦らされました。そして、その主イエスが、この地上にご自身の教会を、神の教会を贖いとって下さいました。キリストの教会は、この地上に誕生し、2000年の歩みを今日も継承しています。確かに、主イエスが語られたように、最初は、目にも入らないようなごく小さなからし種のような存在でしたが、今や、世界の中で、キリストの教会を知らない人の方が、例外的に、少ないのです。言わば、主イエスの柔和こそが、地上において勝利をおさめはじめているわけです。
その一つの典型こそ、ろばの子に乗って、エルサレムに入城されたイエスさまの振る舞いです。教会は、いかなることがあっても武力に代表されるこの世の力をもっても打ち立てることができません。キリストの教会がこの地上に立ちあがる、形成される、それに必要なのは、ただ信仰のみです。言い換えれば、御言葉を信じ、服従するだけです。それ以外のものは、どうでもよいと言っても言い過ぎではありません。すべての必要は、この御言葉に服従する中で、与えられるからです。私どもには、これがあれば、あれがあれば、もっともっと良いのにと思うこと、数えて行けば、わたしはいくつも出て来ると思います。今朝、それを、申し上げなくともよいと思います。そして、それらは、結局、私どもが御言葉に従うときには、主が与えて下さるものばかりなのだと、わたしは考えています。
真の王は、ろばに乗って入城されました。それは、真の王とは、平和の王であって、強制的に、威圧的に、いかなる力をもっても人々を従わせないということです。
今、日本は、日本の政治状況は、大阪市のひとりの市長によって、動きが慌ただしくなってまいりました。教会にとっては見過ごすことはできません。何よりも、思想や教育、人の心を、政治で動かそうとする企てが、どのようなものとなるのかは、聖書の御言葉と歴史を見れば、明らか過ぎることです。
聖書は言います。子ロバにのって、よろよろと危なっかしい歩みをなさるこの人こそ、まことの王、真の平和の王だと。そして、それ以外の王は、私どもにとっての唯一の、真の、平和の王とはなりえないと教えているのです。
エルサレムにいた人々、都の住民たちは、このイエスを見て、驚かされます。おかしな男、怪しい人間だと思っているのです。ただし、これほどまでに群衆の支持を得ているその圧倒的事実だけは、認めざるを得なかったのです。それゆえ、この後、まさに急転直下、事件が起こります。主イエスを殺害する計画が一気に実行に移されるのです。
マタイによる福音書は、実に覚めた目で、群衆のことを見ています。「都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。」
つまり群衆は、イエスさまのことを単なる預言者の一人として考えていたということです。つまりは、真実の意味で、ダビデの子孫としての王、約束された救い主として信じてはいなかったということです。彼らは、歓呼の声を挙げて、ダビデの子、主の名によって来られる王さま、救い主と呼びました。しかし実は、それは、聖書の深い理解、深い信頼、聖書の正しい信仰に基づくものではなかったわけです。
ある種の熱狂です。よくない言葉ですが、「お調子者」という言葉があります。群衆は、とても調子が良いのです。雰囲気にのまれます。自分の都合のよいように解釈します。「万歳、ホサナ・ホサナ」と唱えた舌の根の乾かない間に、「殺せ殺せ、十字架につけよ」と叫ぶのです。
そして、それは、このときのユダヤ人だけの問題などでは、まったくありません。まさに私どもの国の課題です。私どももまた、この種の熱狂を経験しました。そして、その結果、東アジアの市民をはじめ、自国民を死に至らしめ、塗炭の苦しみに至らせたのです。
最後に、この物語の深さをほとんど味わうことができないような思いで、心が苦しく思っています。来週は、神殿をきよめる主イエスのお姿を学ぶ予定です。この二つの物語は、それぞれ、コントラストを鮮やかにさせます。主イエスを歓迎し、喜び歌う群衆、何よりも、幼子たちと、主イエスを決して認めまいとする権力者、宗教家たちです。しかし、同時に、共通していることは、主イエスは、エルサレムの王であり、エルサレム神殿の主でいらっしゃることです。私どもは、この王を真実に王としているのか、それが問われます。私どもの一人ひとりの心の王座に迎え入れているのだろうかという問いです。
権力者たちの考えはこうでした。「柔和の王、ろばに乗る王など、大した王ではない。」それが、主イエスを殺した論理です。それなら、私どもはいかがでしょうか。キリスト者が、主イエスを軽んじることは、一応考えられません。しかし、王でいらっしゃるイエスさま、柔和で謙遜な王を、真実に王として、まっとうに生きているのかが問われます。
それは、結局、とても単純な事実の中で克服することができます。そして、し続けなければなりません。それは、今朝、私どもがここで、主の日の礼拝式をささげ続けることです。礼拝に生き抜くことです。教会の生活を生活の、人生の中心に据えることです。私どもは、雰囲気や感情だけによって、「ホサナ」と讃美歌を歌いません。私は、長くキリスト者として生き、牧師として奉仕をすればするほど、宗教的な高揚感ですら、注意すべきと思うほどです。自分の願いや要求を、イエスさまにおしつけて、イエスさまイエスさまと、万歳イエスさまを呼ぶことに注意すべきだと思うのです。
真実に、心から、単なる感情ではなく、信仰の理性を強く働かせて、この柔和な王に服すことです。自分を王にするのではなく、キリストだけを王とすることです。信仰の志、信仰の理性、信仰と知性を強く働かせながら、祈り、そして賛美を歌うのです。
祈祷
私どもの真の王、平和の王でいらっしゃる主イエス・キリストよ。あなたは今朝も、私どもの真ん中におられます。共にいてくださいます。心から感謝いたします。その事実、恵みの事実を心から信じ、認めます。どうぞ、私どもの教会のいついかなるときも真ん中にいてください。いえ、あなたは常に、共にいてくださいます。どうぞ、私どもがこの霊の現実に、敏感になり、平和の王を王として迎え、柔和の王に柔和に従い、この世界において、平和を造り出す使命を果たさせて下さい。