★ 先週も、被災者の方からのお便り(メール!)を頂きました。○○姉に送られたものです。若いお母さんとの交わりが生まれようとしていますことを、本当に、嬉しく思います。葉書、切手は、教会にあります・・・。
☆ 先週の読書会は、久しぶりの、本来の学び会としての読書会となりました。ただし、出席者は20名で、現住陪餐会員の多くの出席とまではなりませんでした。完全原稿を用意しました。読んで頂ければ、出席がかなわなかった兄妹にも理解していただけるものと思います。しかし、実際には、原稿に記さない解説も加えています。そこで、朝の祈祷会では、二回にわけてこの文章を読んで行きます。教会内のディアコニアについて、共通理解を確認しあいましょう。
最後に全員で、一言ずつコメントを分かち合いました。そこで、ディアコニアついて、「ついに分かってきた」という発言者もおられました。とても嬉しいことながら、反面、時間がかかる…ことを改めて思わされます。何よりも読書会出席の大切さを、つくづく思わされます。
伝道所委員会で、それこそ、何年も繰り返し続ける議題は、どうしたら主日の午後の学び、読書会での学びを現住陪餐会員全員の知識として共有し、それを体得できるかということです。教会形成とは、伝道所委員や一部の人、あるいは半数の者たちが教理的な訓練を受けられたら「ヨシ」とすることは、少なくとも日本キリスト改革派教会、何より、名古屋岩の上伝道所の姿勢ではありません。そうであれば、これまでそのためにこれほど悩み、繰り返し挑戦し、祈り続けることなどなかったはずです。
教会設立についても、同じことが言えると思います。今回は、設立のための奉仕云々ということは、まったく触れませんでした。奉仕(ディアコニア)についての基本的な聖書の教えを確認しただけです。 私どもはこれからも、教理体得の道を歩みます。頭で理解するだけでは、無意味です。これを生きるまで、何度でも、基本を学び続けてまいりましょう。しかも、「可能な限り」現住陪餐会員全員が、同じ信仰の言葉の理解を共有することを目指し続けます。
★ ひとりの兄弟が、「象徴的」な発言をされました。「今日は、午後、仕事をするのをやめるべきだと考えました。今から電話します・・・。」
☆ 「ディアコニアに生きる教会」第7年目となる今年です。文章ではまったく触れていませんが、「ディアコニア委員会」の充実を呼び掛けました。もとより、昨年より東日本大震災ディアコニア支援室を設置して、毎週、あるいは毎日の祈りが重ねられています。しかし、このディアコニアに全力を注ぐべき状況に導かれている私どもの伝道所ですが、同時に、これ以外の教会のディアコニアについても、視野を広げ、情報を集め、志を高くしたいのです。若い兄妹の責任を思わざるを得ません。日本プロテスタントの揺籃期、宣教師たちのすばらしい働きがありました。(実は、信徒の宣教師も少なくありませんでした。もとより、この「信徒」は、信仰の知識と霊性においても極めて優れた方であり、かつ、優れた専門家も多かったのです。明治学院大学の創立者、というより、ヘボン式ローマ字で有名なヘボンは、眼科医でした。1874年の横浜毎日新聞によれば、足の切断手術を成功させたとのことです。 少なくとも15年間、横浜の地で医師としての働きを継続していました。
「リジョイス3月号」の「信徒の手引き」に、「新しい社会事業を興すことに挑戦することも、大きな意義があるのではないでしょうか。」とあります。日本における社会事業のほとんどは、キリスト者(宗教者)が担ったという事実を、日本人キリスト者は今こそ、あらためて真剣に考えるべきであると思います。原稿に、「必要は発明の母」と記しました。むしろ、「思いのあるところに技術も伴う、夢のあるところに、道が開かれる」ということこそ、真実であると思います。私どもの教会に与えられた神からの宿題、課題として祈り続けるべきことではないでしょうか。
★ ○○委員が、「教会員:祈祷課題」「祈祷会:祈りの課題」を記して下さいました。ほんとうに感謝です。(わたしの祈祷課題、今回も、提出できず、記載して頂きました・・・。)特に、祈っている「盲人伝道センター」と「聖恵会」についての解説もなされています。今後、どしどし、祈祷課題、とりわけ中部中会、大会の課題についての解説を願う者です。こうして、私どもの執り成しの祈りがいよいよ具体化し、責任ある応答へと導かれる道筋が開かれて行くことを期待し、信じます。教会は、神の民の祈りの家、祭司の家です。執り成しの祈りは、最高のディアコニアです。いよいよ集まって祈りましょう。そして家庭で祈りましょう。