実に、キリストは死人の中からお甦りになられました!
私どもの体のよみがえりの初穂となってご復活されました!
私どももまた、地上にあっては十字架の苦難の道を通りつつ、
しかしすでに永遠の命の喜びと力と希望に生かされています。
そして、死後におけるキリストとの交わり、そして再臨における審判の後には、
肉体の復活をもって、永遠に神と共に兄弟姉妹とともにキリストの王国において、
私どもも王として生きることができることが確定されました。
ハレルヤ(主の御名を賛美いたします)!
★ 今年の受難節ほど、岩の上の歴史の中で、深い歩みを重ねた事はなかったかもしれません。それは、伝道所委員の皆さんが共に十字架の苦しみを担い続けたという意味においてです。主からの「修錬」と受入れて、「人は悪を企むが、主はそれを益に変えて下さる」とのヨセフの摂理の信仰に堅く立ち続けたいと願います。これまでのように会員の兄弟姉妹が深い霊的な知恵と信頼、祈りをもってこの時を共に過ごしていて下さることを心から感謝するとともに、誇りに思います。
☆ 先週は、のぞみセンタースタッフの浜田唯姉をお迎えすることができました。翌主日には、私どもの礼拝式にも出席いただき、午後、24名の兄弟姉妹が残って報告、交わりの時を持つ事が出来ました。
★ 中会の合同祈祷会にも、多くの方が出席されました。そして、唯さんの見事なプレゼンテーションもあいまって、センターの働きの重要性、その必要性、その困難さが深く共有されたことと思います。一人の長老が、具体的に奉仕を申し出られたことは、大きな喜びでした。センターの所在地は、まさに被災地のまん真ん中です。そして、日々、被災者の方々と寄り添いながら、生活を共にしておられます。被災者の心の叫び、苦しみ、痛み、絶望感、疲れ、そのような声に耳を傾けることが、精神的、肉体的にどれほど過酷なストレスを及ぼすのか・・・。改めて思わされました。現地の奉仕者のために祈ることが、私どもの責任でもあります。つまり、彼らにだけ「十字架・重荷」担わせてはならないのです。スタッフ方は、牧師のようだと思わされました。 いへ、もしかすると普通の牧師以上かもしれません。傷ついた方々の苦しみによって、自らも深く傷つきながら、そして主イエスの傷が人々を癒して行くように、そのような主の器とされ、用いられているのだと思います。彼らのために祈ることは、即、被災者のために祈ることにつながります。
☆ 私どもも既に、被災地を何度もお訪ねさせて頂きました。震災後1年余り、名古屋に戻るといつも、「これが、同じ日本なのか・・・。同じ時代、同じ国で起こっていのか」と思わされてきました。わずか数日の滞在ですが、家に帰ってベッドに体を横たえるとき、申し訳ない気持ちが高じて、寝付けなくなること、しばしばでした。そして、また、次の機会には、伺わなければと強く思わされるのでした。しかし今、そのような当初の思いが弱くなっていることを、率直に認めざるを得ません。もとより、震災直後や数ヵ月後、自衛隊の方々、米軍兵、ボランティアの方々とすれ違いながら、異様な雰囲気があった頃と今では、まったく違います。しかし、被災地の苦しみはなお続きます。深まって行く方々も少なくないのです。とりわけ、フクシマの方々の困窮は、想像を絶したものとなっています。震災前から、ディアコニアに生きる教会を目指し続けた私どもです。これからも、小さくされた方々に目を注ぎ、仕える教会の志を堅持したいと願います。
★ 私どもは、教会のディアコニアを目指しましたし、これからも目指してまいりましょう。何度も書いてきた事と思いますが、震災ディアコニアにとっても大切な点は、現地に直接行ける奉仕者とお便りの奉仕を始め、送り出す教会共同体の奉仕者があってのみ成り立ちます。自己満足・・・、また自分はできない・・・とのひけ目、そのような思いと戦いながら、しかし、本当に、困窮の中にある方々の隣人となる歩みを継続してまいりましょう。また、震災ディアコニアだけではなく、この町のためのディアコニア、また、キリスト者ではない方々のすばらしい奉仕活動のことについても調査、そして協力支援の課題もあります。執事職務者の課題です。
☆ 先週、家内に電話がありました。お便り(今回は、守口漬+アルファも)を送らせて頂いている仮設入居者からです。新居へと出られる方向とのこと。唯さんから伺った様々な状況を思い、喜びつつ、祈らされます。
★ 「キリストを宣べ伝えるために隣人を愛するのではなく、隣人を愛するために宣べ伝える」ある宣教師団体機関紙に掲載された、一人の若い兄弟の宣教地に視察した後の感想文です。大変、感銘を受けました。