過去の投稿2005年10月21日

みたび、市民の皆様へ!

わたしたちの教会は、日本国憲法、とりわけ第9条(戦争の放棄)を守ります!

 今から60年前、天皇中心・国家神道のイデオロギーによって、戦争にまい進した古い日本は敗れ、崩壊しました。
 その後、「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」にもとづく日本国憲法の制定によって、国の内外に、「新しい国」として出発することを誓いました。
 そのとき、憲法制定を心から喜んだのは、政府の過(あやま)ちによって戦争の加害者となり、被害者ともなった国民自身でした。
あれから60年、わたしたちの国は、一度も戦争によって他国の人はもちろん同胞の血も流すことがありませんでした。これは、ひとえに「第9条」のおかげです。しかしこの10年余、それも風前の灯のような危機的な状況が続いています。

 世界は今、テロリズムにふるえおののいています。武力攻撃によってテロを制圧できるかのようにふるまう国もあります。はたして現実的でしょうか。日本国憲法の第9条の価値は、強まりこそすれ、けっして色あせることのない日本の宝であり、世界の宝ではないでしょうか。

 ところが今、政府・与党は、憲法改正の議論をいよいよ前面に浮上させてまいりました。その最大の狙いは、第9条の改悪、特に2項「国の交戦権はこれを認めない」を削除し、「自衛軍」を保持させることです。それは、「政府の行為によって再び戦争の惨禍(さんか)が 起こることのないように決意」(憲法前文)した憲法を破り、歴史を逆戻りさせようとするものです。

 わたしたちの憲法は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員はこの憲法を擁護する義務を負う」(第99条)と定めています。憲法を守り、率先して 実現することを誓うべき首相・国会議員が、そのような政治を怠り、かえって「暴走」することは、由々しいことではないでしょうか。これを止められるのは、主権者の私たち自身です。
 わたしたちを戦争から守ってきた憲法を、今こそ、まもり生かすように努めなければならないと考えます。

その意味から、わたしたちの教会は、小泉首相の靖国神社参拝に抗議します! 

① 憲法第20条の「信教の自由・政教分離」への公然とした挑戦となっているからです。
② この神社が、戦争する国家体制の「宗教装置」として特別に作られたことは明らかで、平和を達成する目標をかかげた憲法と対立するものだからです。
③ 国際平和を求める憲法前文の精神を裏切っています。事実、とりわけアジアの被害者の方々の悲しみを無視し、心を傷つけ、友好を損なっています。

 かつての戦争に協力した加害者としての罪責を担っている教会として、市民の皆さまに心から訴えさせていただきます。私たち自身が、憲法を読み、これを生かす努力をすること。政府に、憲法を生かすための努力を要求することです。

 「平和の王」と呼ばれ、「まことの平和」を実現された 主イエス の言葉をお聴きくださいませ!

 「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5章10節)