★ 第一回のディアコニア委員会が開催されました。出席者それぞれが、積極的にご意見を出してくださったことをうれしく思いました。何よりも、伝道のディアコニアについていくつもの意見、提言がなされたことを心から感謝いたしました。いよいよ、わたしが、「監督」せずとも、会員によって伝道奉仕が進められて行けば、どれほどすばらしいことでしょうか。○○委員が議長です。わたしは、全体の行方を補佐すればよいわけです。この委員会の性格上まさに、そのようなことが大切です。○○兄の「お絵かき教室」をどのように進めるのか、チラシ宣伝の仕方、地域の子らへの日曜学校への誘い方など、伝道新聞の原稿、発行、印刷など様々な奉仕が会員の責任と自発の奉仕によって担われることが期待されます。
☆ 先週の「信教の自由を守る集会」には、90名の出席者が与えられました。主題は、「子どもたちの信仰を守る戦い-教育基本法改悪に抗して-」と致しました。委員長の井上牧師が講演を、開会説教を漆崎委員が担われました。そして、中部中会内の信徒の発題として5名が実にすばらしい発題をしてくださいました。後日、2:11集会の原稿とあわせて、皆様に報告号としてお配りする予定です。「教育基本法改悪」の事態に立ち至って、すべての外堀を埋められているかのような危機感を持たざるを得ないのが、現実でありましょう。しかも、今国会で、「憲法改正」を公約に掲げて恥じない安倍首相のもと、「国民投票法案」が前回の改悪のように与党の数の論理で、押し通される危険性が濃厚になってきているようです。これが通れば、ほとんど「改悪」のシナリオは、政府・与党の思うとおりになるのではないでしょうか。このような現実の危機感を背景にして、ほぼ名古屋教会満堂の出席者となったのでしょう。ですから、委員会としては、出席者の多さを単純に喜ぶわけにはまいりません。
・ 学校事務をしておられる姉妹からは、教師たちを、教会がどのように励まして行けるのかを考えるべきか、実行すべきことを思わされました。
・ 代理宣教教師をしている浜松の委員からは、某銀行を信仰の良心のゆえに退社された証を伺いました。実に、厳しい選択であったことを思います。その委員が今は、税理士として、活躍なさっておられることを感謝しました。神に導かれるなら、必ず道が示され、導かれることを存在で証言されました。
・ 高校教師からは、学校図書館での働きと教会の働きとの共通性について言及されました。教会は真理の柱であって、地域の方々にもこの真理(真理なるキリストと、さらにこのお方だけではなく、まさにキリスト教的世界観、価値観も)を提供する場所でありうるし、貢献すべきであることを思わされました。私どもで言えば、「真理伝達のディコニア」を地域住民に与えることができたらどれほどすばらしいことかと思います。
・ 一人の長老からは、前回の講演での美濃ミッションの迫害から刺激を受けられ、子どもたちの純粋な神礼拝の姿に続くべきことを訴えられました。
・ 我らが、○○委員は、岩の上伝道所での実践と学びを紹介されました。何よりも、わたしの説教をよく聴いておられる○○委員の証、この世界を神の愛、うめきをもって見つめておられました。キリスト者の心に何より深く響いたかと思います。発題は、牧師にも極めて有益な示唆が与えられるものばかりでした。
★ 課題がないわけではありません。わずかの方でしたが、はっきりと最後の抗議声明に反対する意思表示をなさいました。キリスト者として抗議声明をすること自体が受け入れられないとの主旨です。これは、日本キリスト改革派教会のこれまでの積み重ねそのもの(たとえば毎年の大会の声明や30周年宣言)への「反対」ですから、看過してはならないことであるかと思います。
☆ 「クリスチャン新聞」に先週もくわしく記しました、「パワーフォーリビング」に関する記事が記されているのを、メールで知りました。「問題の根本は、この財団が日本の教会やクリスチャンにきちんと自己開示し、連携をとるつもりが初めからないことだ。キャンペーンのやり方はマニュアル化され、世界中どこでも自分流を押し通す、旧タイプのアメリカの伝道センスなのだ。もう少し異文化への適応に感心をはらい、日本の教会の声に耳を貸して連携協力する謙虚さを持ち合わせていれば、これほどの巨大キャンペーンをもっと効果的に展開できたのでは、と惜しまれる。」言わば、教会的伝道でないことを批判されたわけです。このような批判記事がこの福音派の「新聞」が主張されたことに、大いに感謝しました。
★ 「キリスト新聞社」の拙稿の連載は、三回にて終了しました。まったく思いがけない掲載でしたが、わずかでもキリスト教界への証となればと思います。